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STUDIO 28パリで最古。


今回の旅は、「おのぼりさんポイント」を外から眺めることにしていたので、モンマルトルにも行くことに。
しかし、私は、あの辺は正直、苦手だ。

 サクレ・クールに初めて登ったのは9歳の時。当時(1980年代、と、ここで私の年齢を概算しないように。)、日本語が堪能な神父さんがいて、その頃日本人の小学生があの辺をぶらぶらしているのは結構珍しかったからか、熱烈歓迎を受け、一緒に写真を撮った気がする。もちろん今みたいなケーブルカーはなかったので、みんながあの急所をえっちらおっちら登った。今も昔も変わらず人がうじゃうじゃいる。

 大人になって、一人で初めて来た時に、まずピガールの駅でスリに合いそうになった。今は綺麗になったけれど、その時は改札が二つだけの小さな暗い駅で、私が改札に来た時に、後ろ手をしてメトロ・マップを眺めている少年がいた。私は普通に改札を通って通路を歩き、角を曲がった所で、向かいから来たおにいさんにいきなり

「Hé oh, t'as fais quoi, toi ! (おいこら、お前何した!)」

と、怒鳴られた。振り向くと、さっきの少年、と、思ったら極端に背の低いおっさんだった、が、私のリュックのかぶせ部分のベルトを外していた所だった。おにいさんは、小さなおっさんにつかみかかり、「取ったものをすぐに出せ」と迫ったのだけれど、リュックの中には朝ご飯に貰ったリンゴ1個とガイドブックが入っていただけだったし、スリに合う程うかつなガイジンではないんだとわかって貰いたくて、私は、「何にも入っていない、取られていない」と必死に説明し、ちっさん(小さいおっさんの略)も、自分は(まだ)何も取っていない、勘弁してくれと繰り返し、盗られ(かかっ)た人と盗ろうとした人が二人で「ないない」を連呼するというシュールな状態になった。このまぬけな二人組にあきれた感を漂わせつつ、正義感に溢れたおにいさんは、私とちっさんを放免(?)したのだが、この時「人は見かけによらぬもの」ということわざは、むしろ「人は『見かけ』によらないことはマジで少ない」とアップデートされたのだった。見かけ、というより、その人の纏っている、というか、魂が吐き出している、空気をよく感じないといけない。

・・・という思い出の他にも、行く度に(ガイドとして行かなくてはならないことが何度かあった)、しつこい絵描きを追い払ったり、しつこいミサンガ売りの黒人から逃げたりしなくてはならなくて、そういう困難を乗り越え、心臓破りの階段を登りきった上に見える白いドームも、人を掻き分け入ってみれば「撮影禁止」を知らずにカメラを出して怒られる旅行者達がぞろぞろいてちっとも落ち着かない。

今回も覚悟しつつ、立ち並ぶセックスショップ(この辺は本当に多い)を抜けて、サクレ・クールの登り口にたどり着いた。もちろん、ケーブルカー(有料)は乗らずに、細い階段を上る。

急な階段は、真ん中の手すりを挟んで両側に一人ずつが立てるほどの幅しかない。見上げると、途中の踊り場で中学生くらいの女の子達が5,6人、手にボードのようなものを持って立っている。

「まさか、もう似顔絵描きがいるの?」と夫君が尋ねる。まさか、まさか、と繰り返しながらも、彼女達が私の行く手にたむろしていたので、手すりをくぐって反対側に進路変更した。すると、彼女達は私の進路に再び集まる。イヤな予感。

彼女達まであと5段程になったところで、全員が一斉にわたしたちにロック・オンした。投げキッスをしたりお辞儀したりして何かをお願いしようとくねくねする。他の所でもいたのだけれど、どうやらヒスパニック系の女の子で、何かの署名を募っている。集団スリだ。ちくしょう。

わたしは「Non」を連呼して突破しようとしたのだけれど、彼女達は通せんぼし、一人がわたしの腕を押さえて進まないようにする。さすがにこれは本気を出さなくてはならなくなり、

「Hé, touche pas ! (触んなコラ!)」と叫んだ。

そのまま、肉弾戦になるかというにらみ合いがあり、私は、昔のフランス語の教科書にあるような、人差し指を相手の心臓に向けて指す、心持ち古くさい「けんかを売るポーズ」で牽制していた(すりこみって怖い)。

ちょろいと思っていたハポンのねえちゃんが意外におっかなかった、というショックに包囲網がゆるゆるとなったのを見計らって、スリ集団を通過する。
なめんじゃねえぞ(財布は落としたけれど)。

この間、夫君は何をしていたのかよくわからないが、彼もひょいひょいと抜けて来た。

後で、ああいう時こそ「Bas les pattes (触るな)」を使えば良かったなぁ、と反省した。なかなか使う機会のないフレーズ。惜しいことをした。

(※Bas les pattes は動物に対して「足を下げろ(おすわり)」と言う時に使うので、かなり侮蔑的。喧嘩をして勝てそうにない相手には使わないことです。この女の子達も、刃物を持っていないとは限らないので、言わない方がいい。)

こういう輩がいるから、みんなお金を出してケーブルカーに乗るのだと、やっとわかった。穏便に済ませたかったらお金で解決なんて、ヤな感じ。

帰りはサクレ・クールの脇の階段から降りて行ったら、静かで良かった。途中、小学生が5人位わーと登って来て、最後に太った小学生の男の子がひいはあ言いながら、「し、しぬ・・・」と立ち止まり、すれ違いに降りていた女性に、「ほんとね」とくすくす笑われたので、少し赤くなり、「ねぇ、休憩しようよー!」とよろよろ通り過ぎて行った。


 さて、モンマルトルにはパリで一番古い「STUDIO 28」という小さな映画館がある。内装のデザインをジャン・コクトーが手がけたので、シックで個性的。

STUDIO 28中


Jean Cocteauコクトーの絵。


ちょうど、「アーティスト」をやっていたので、観て行くことにした。

まあまあ面白かったのだけれど、アカデミー賞か、と言われると、よくわからない(犬は表彰ものだった)。
モノクロで無声なので自然と身体の動きに目が行くため、女性がガッツポーズをしたりするのが、どうも中途半端に現代っぽくなって、冷めてしまった。


 こうして振り返ってみると、ちょっと寒々しい「ふれあい」が多かった気がするのだけれど、エッフェル塔を眺めに行った時、撮影ポイントを通ったら、やはりヒスパニック系の、髪のふさふさしたおとうさんが、iPhoneを持て余した様子で、

「ちょっとごめんなさい、これ、カメラってどうやんのかわかる?いやもう、娘のだから、おじさん全然どうしていいかわかんなくって」

と、尋ねて来た。使い方を教えると、

「やー、たすかったー、ありがとね!もうなんだかよくわからない画面が出て来て、どうしようかと思っちゃった」と、ニコニコ嬉しそうに写真を撮っていた。私達もなんだかニコニコとそれを見ていた。こういうお父さんの娘さんは、きっといい娘に違いない。

 芝、お休み中 あっちもこっちもオフシーズンで工事中、閉鎖中の3月。芝生まで「しば、おやすみちゅう」と看板を掲げていた。



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TrouvilleTrouville - Savignac.


パリに着いた翌日の夜、WILCOのコンサートに行くので、チケットを取りに、最寄りのFnacに行く。これは、例によってLesInrocksのライブ情報で発見して、Le Grand REXのサイトで予約したもの。

チケット発券や予約は2階の奥まった部屋にあって、眼鏡の可愛いお姉さんが担当してくれる。
ちょうどお昼時で、隣のドアから出て来た他の職員に「Bon appétit !(ボナペティ、直訳すると「よい食欲を」食事前の挨拶)」と声をかけていた。テーブルについていなくても、こうやって使うのだった・・・と、今更納得する。

Le Grand REXは、老舗の映画館兼ライブハウス。内装も、ひなびた感じのアトラクションみたいで面白い。
2階席は自由席だったので、開場ジャストに行ったら、まだガラガラだった。2階の一番前の席を陣取る。入り口で、「カメラは持ってない?大丈夫?」と、バッグの中身を申し訳程度に覗いた警備係は、水のペットボトルを取り出し、「このキャップはもらいます」と回収してしまった。何対策なんだろう・・・テロ?

時間が近づくと、みるみる席が埋まって行く。見回す限り、アジア人は我々二人だけ。一階は満席。
ライヴが始まって盛り上がって来た頃、一階の中央正面にカップルがつかつかとやって来て、通路のど真ん中に二人で立っている。男性が、女性の肩を抱き、「お前の為に、WILCOを呼んでやったんだぜ」と言わんばかりに、二人の世界に酔っている。しばらくすると、警備員がうんざりした感じで二人を追いやり、横のドアから追い出した。

WILCOWILCOのステージはとても素敵だったのだけれど、私達は暗くなるや否や瞼が重力に負け、朦朧としながら必死に聴く。同じような曲が多いバンドの上(実際、ヴォーカルのトゥイーディーがMCで「結構飽きるだろ?」と自虐的な笑いを取っていた)、時差ぼけが発揮されたらしくて、油断すると、首がもげる位の勢いで落ちてしまうので、慌ててリズムに乗っている振りをする。

気合い十分で来ながらも、最前列でがくがくと赤べこのような謎の動きをするアジア人二人組・・・滞在3日目位だったらもっとちゃんと楽しめたのかもしれない。



Zimmermanリベラシォン(新聞)の一面がボブ・ディランだったので買ったら、シテ・ドゥ・ラ・ミュズィック(音楽博物館)でボブ・ディラン展が始まるというニュースだったので、翌日、行くことに。パリでは、大抵メトロの壁のポスターか、新聞(リベのことが多い)で何かを見つけるから、あまりがっちり予定を組んで行かない。


ボブ・ディラン展ももちろん良かったのだけれど、音楽博物館がめっぽう面白かった。
歴史順に沢山の楽器が展示してあって、実際にそれぞれの音を聞きながらたどって現代までツアーすることができる。見たことのない形、バカでかい大きさ、バカバカしい装飾、まがまがしい装飾...の楽器が勢揃いしていて、
シンセ01最上階の近代コーナーでは、テルミンやら、宇宙怪獣を作る研究所にありそうなコンソール型のシンセサイザーやらが、ぞろぞろと並んでいた(このコーナーで夫君のテンションはうなぎ上りになった)。

DX7

シンセ02うちにある、ヤマハのDX7が展示してあって、ちょっと見直した(掃除のとき、少々邪険にしていたのですが、大ヒットモデルなのです)。



ゴール地点には、何かしらの生演奏を聞くことができて、私達が行った日はドラムだった。多分、音楽院の生徒か若い先生と思われるお兄さんが、ラフな感じで説明しながら、スティックをブラシに変えたり、マレットにしたりして音色を変え、演奏してくれた。

  次の日は、パリを出て、TGVで2時間程のトゥルーヴィルTrouvilleという街に行く。ここは、私の好きなポスター画家、レイモン・サヴィニャックが亡くなるまで過ごした、海辺の小さな街。すぐ隣のドーヴィルはカジノで有名で、トゥルーヴィルも避暑地として、夏には観光客で溢れかえる。トゥルーヴィルの観光局の隣に小さなギャラリーがあって、ここに展示してあるサヴィニャックの作品を観るのが目的だったのだけれど・・・

「今日は休館です」

そ、そんな・・・。今はオフシーズンのため、人も少なく、別の美術館も4月まで休館とはわかっていたし、観光局のHPを見ても休館情報が出ていない(そもそも、その常設ギャラリーの情報も出ていなかった)のに。

仕方なく、びゅうびゅうと海風の吹く中を、町中に散らばっているサヴィニャックのポスターや壁画を探して歩く。







ぶどうおじさん


あまりの寒さに、お昼になるとすぐ、有名なシーフードのお店に入って、久しぶりのムール・フリットを食べる。
隣にフランス人のファミリーが来て、私達の山盛りのムール貝を見たおばあちゃんが、「あら、ムールおいしそうね」とお嫁さんに言うが、眼鏡のお父さん(息子さん)が「あれは、シーズン外だから小さくてだめ」と却下する。いいんだい、日本にいるとこんなに沢山のムールなんて食べられないから、食べてるんだい、何にも知らない観光客めと思ってくれて結構、と心の中で言い訳をする。

ここのお店は店内にサヴィニャックの様々なポスターが飾ってあるのだけれど、これが一番笑えた。


ちなみに、このお店のポスターもサヴィニャックが描いたもので、食後のコーヒーに付いて来るチョコの包装用紙になっていて可愛かった。


向こうの席では、おじいちゃんとおばあちゃんの夫婦がテーブルに付き、おじいちゃんがウェーターを呼び、「あー、ワイン、赤の、なんだっけな」と、大声で注文をする。おじいちゃんは、その後、サルコジの悪口を始めて、おばあちゃんにたしなめられる。私達が店を出ると、外のテラス席で、タバコを吸いながらコーヒーを飲んでいた。しゃれている。この辺の裕福な夫婦なんだろう。

ギャラリーが観られないので、隣町のドーヴィルもいってみっかと、橋を渡って歩き出したが、帰りの電車を早められるかもしれないと、一度駅に戻ることに。窓口でまもなく出るパリ行きの電車を教えて貰ったところで、雨がまってましたと、ざんざか降り出した。2本ほど早い電車に乗って、パリに戻る。

時間が早かったので、予定を変更してポンピドゥーセンターで今日から始まったマティス展を見に行くことに。マティス展は、あまりたいしたことがなくて(3年位前に県立美術館でやった「マティスとルオー展」の方がよっぽどおもしろかった)、ついでに隣のダンスに関するエキスポジションも観る。一階の本屋さんがとても面白いので、じっくり眺めた後、一冊絵本を買おうとしてポケットの小銭入れがないことに気づいた。

私は、フランスにいる時には用心して札と小銭とカードは別々にして持っていて、小銭はポケットに入れているし、トゥルーヴィルでちょこちょこ使ったので5ユーロも入っていなかったのだけれど・・・スリにはあっていないので(さすがにコートのポケットに手を突っ込まれたらわかる)、レストランで上着を脱いで隣のシートに置いた時に落ちたのじゃないかと思う。今回の旅で、何かしらやってしまうと思っていたので、自分でそういう結果を作ってしまった。思い出のガマ口をなくして、茫然とする。(つづく)


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La Tour Eiffel パリへ。「やっとこさ」という感じで新婚旅行に繰り出す。


と言っても、出発前の一週間は、新しい生徒さんが立て続けに体験に来られたりしてバタバタしており、夫君は会社で泣く子も黙る「新婚旅行」カードを切った為に、その埋め合わせで連日遅くまで仕事。なんとか行き帰りの航空券とホテルは取ったものの、その後の予定は機上で建てることに。こんなテンションでいいのだろうか。

フランス語ができて、パリも何度か行っているから心配ないねと、周りは口を揃えるのだけれど、私はスリに合うのではないかと、今までにない胸騒ぎのようなものがあった。大抵、初心者より慣れているひとの方がなんらかの痛い目に合うものだ。


 CDG空港に着いて、RER(郊外線)に乗る切符を買うのに自動販売機を使っていたら、早速「北駅まで行きたいんだけど、買い方教えてくんない?」と声をかけられる。背が高く、丸い頭に残る白髪もいよいよ寂しい、といった感じの眼鏡をかけたおじさんで、どうやらフランス人のよう。肩の大きなショルダーバッグが重くてピサの斜塔のように身体が斜めになっている。

毎度思うのだけれど、これだけうじゃうじゃ人がいるのに、なぜフランス人はやたらと私に道を聞いたり、時間を聞いたりするのだろう。

ところで、これはなにも私が特別教えたがりオーラを出しているからではなくて、フランスにいる外国人は結構な率でフランス人からものを尋ねられるらしい。語学学校にいた時に、イギリス人のクラスメイトがディスカッションの話題にした時には、東西問わず、様々な人種の学生達がみんな我も我もと体験談を披露した。平均的日本人感覚からすれば、どう考えても見かけ「ガイジン」な人に道案内を請おうという気にはならないのだけれど、フランス人はその辺(だけに関わらず、全てにおいて)かなり無頓着なのだ。

おじさんに自販機の画面を操作して買い方を教えたのだけれど、ますますパニック(フランス人のおっさんは機械に滅法弱いひとが多い)した彼は、「お金を渡すから代わりに買ってくれ」と言い出した。むとんちゃく・・・

画面の行き先には「パリ(市内)」という欄しかなくて(RERだとパリ市内はどこで降りても均一なので)「これですよ」と言っても「いや、僕は北駅までの切符が欲しいんだよ」とごねる。いやいや、これしかないんだよ、いや北駅が、と、押し問答の上、あまりにもわからずやなことを言うので、さすがの私もとうとう

「Ecoutez monsieur, vous allez au guichet, là ! (あのね、おじさん、窓口に行ってくださいよ、向こう!)」

と、切れてしまいまいました。三条暮らしで培ったにわかふやふや性格も、パリに降り立ち僅か10分で簡単にメッキが剥がれ、アグレッシブな本性を見事に露呈。フランス語にスイッチが入ると、3割増きつくなる気がする。言語学及び形而上学上、避けられないことなのかもしれない(無頓着な解釈)。後で夫君がにやにやしているのがわかる。

おじさんは、「あ、窓口あったの、あ、そ。なーんだ。ありがとね。」と、まるでへこたれた様子もなく、そそくさと窓口へ向かった。

フランス人はなぜ、わざわざ外国人にものを尋ねて、それなのにその言うことを信用しないのだろう。


 パリに着いたのは22:00過ぎ。ホテルはソルボンヌのすぐ裏手にあって、サン・ミッシェルとかオデオンの駅にわりと近くて動き易く、スーツケースを持って移動をする初日と最終日がとても楽だった(サン・ミッシェルからダイレクトでCDGまで行ける)。

今はコンビニみたいなモノップがあったりするので、結構遅くまで人が歩いている。フランスに来たのは4年ぶりになるのだけれど、あまり懐かしさが湧かない。つい、昨日までここにいたような、しごく当たり前のような気がして、不思議な気分になる。パリに住んでたら、また違ったのかもしれない。ナントに行きたくなった。

 翌朝、事前に決めていたように、おいしいと教えて貰ったパン屋さんを探しに行く。道案内は、職業柄、地図に強い夫君に放任。子どもの頃、父がパリに単身で住んでいたことがあって、私と母は夏休みに一ヶ月ほど彼の所に滞在した。朝、父と一緒によく近所にバゲットを買いに出かけた。その頃はまだパン屋さんのバゲットも1本が100円しない位の安さだった。帰り道、焼きたての香りに抗えずに少しずつちぎって食べ、結局家に着くと半分なくなっていることがほとんどだった。

フランスのパン屋さんでは、日本のようにトングで好きなものを持って行ってお金を払うなんてことを許してくれず、パンは、ひかえおろう、と言わんばかりにガラスケースの内側や、カウンターの後に整列している。客たちはカウンターに並んで順番を待ち、きびきび動く店員さんに「あれを1個、これを1個」と、注文する。つまり、必ず店員さんと話さないと買えないようになっている。しかも、食事時は店の外まで列ができているので、悩んでいる暇を与えてもらえない(驚く程みんなイラチである)。ちょっと躊躇すると、「あれはどう?これは?」とお勧めしてくれるのは良い方で、だいたいは飛ばされて後のお客さんに注文を聞き始める。あのスピード感は経験者でも戸惑う位だから、初心者は苦労するわな、と改めて思った。

エリック・カイザールのおばさんは非常におっかなかったけれど、ショソン・オ・ポム(リンゴのパイ)は本当においしかった。


 よく、外国人が「日本に来て一番びっくりしたことは?」と聞かれて「歩行者が横断歩道で赤信号だときちんと止まること」と答える。フランスでも、歩行者が赤信号で律儀に止まっていると「頭かお腹の具合でも悪いのか?」と思われてしまう位で、パリジャンは横断歩道があったら、信号ではなく、車が来る方を見る。車が近くまで来ている時は、運転手の呼吸を計る。この人は止まってくれるひとか、意地悪にスピードをあげるひとか、という見極めも大切。「通してね!渡るからね!轢かないでよね!轢くと色々面倒だからね、外国人だし!」という気のようなオーラのようなものを出して、車を止める。

ひとつひとつ、そういう摩擦がある国だった、と、初めて気が付いた。横断歩道ひとつ渡るにも、パンを1個買うにも、人と「コミュニケーション」しなければならない国。日本にいると、知らず知らず、どんどん人との接触を避けるようになっている、無菌室に追いやられているみたいに。コンビニの棚から好きなものを取って、黙ってお金を出せば、ものが買えるのだ。レジで、本気で「こんにちは」なんて挨拶しようものなら、あっという間に「変わった人」(もしくはナンパ目的)、下手をすると「要警戒人物」になってしまう。

旅行の前にラジオで聞いた「海外ニート」の話を思いだした。わざわざ海外に行って引きこもりになる日本人たち。そんなつもりなくても、無菌室からいきなりここにくれば、パリ症候群になるよな、そりゃ。人と関わるというのは、タフでなければできないのだもの。

しかし、パリの人は、あまりにも外国人だらけで嫌気がさしている人が多く、レジ係なんかはもう投げやりで口先だけの上辺コミュニケーションしか取らない人が多くなった。これじゃ、日本とそう変わらない。居心地が悪い。

私がフランス語を教えるとき、経験上、「さようなら」は「Au revoir」より「Bonne journée(よい一日を)」と言ってきたのだけれど、今のパリのお店ではそれが通用しなくて、「Merci, au revoir」ばかり使っていたのに気づいた。それだけ、やりとりが忙しなくて

「よい一日をね!(Bonne journée !) 」
「ありがとう、あなたもね!(Merci, à vous aussi !)」

という数秒の言葉さえもカットされてしまう。その僅かなあそびというか間のようなものの中にある人間らしさのようなものの首をばっさりギロチンで切り落として、コミュニケーションは空虚な音の羅列だけで意味のない、記号のおばけみたいになってしまった。奇形の生物を見ているみたい。やっぱり、居心地が悪い。

新学期、別れ際の挨拶は「Au revoir」ですよ、と教えるべきか(まあ、教えるけど)・・・。「よい一日を」と言える人になって欲しいしなぁ。Au revoirって、だいたいから発音が難しいんだ、初心者には。

(つづく)





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Meilleurs voeux 2012

Avec un GRAND RETARD , je vous souhaite sincèrement, mes chers internautes, que cette année soit merveilleuse, riche d'amour et de bonheur !


 年末年始を振り返る。

時のスピードはいつになく猛烈で、子どもたち(夫君のお兄さん一家が帰省した)に遊び倒され(まだ体力が慣れていない)、来年度のシラバス作成(教科書の選定と打ち合わせ)→今年度の学期末試験作成→試験対策のプリントと、気が付いたら2月だった(国境の長いトンネルを抜けると雪国であった)。

 年末年始に見た映画:「二人のヌーベルバーグ」「タンタンの冒険★ユニコーン号の秘密★」「UPSIDE DOWN クリエイションレコーズ・ストーリー

今年はやっとシネ・ウインドの会員になった。グレン・グールドを観に行くか考え中。ジュリー特集は観に行く予定。今週号のLesinRockuptibles(購読している)に「シャーロック・ホームズ2」の公開情報が出ていたので、楽しみ。

「二人のヌーベルバーグ」を観て、二人(トリュフォーとゴダール)の間で揺れ、生き続けたジャン=ピエール・レオーが好きになった。彼はエキセントリック過ぎるので、どちらかといえばジャン=クロード・ブリアリの方が好きだったのだけれど、最近いわゆる「アントワーヌ・ドワネルもの(「大人は判ってくれない」から始まるシリーズ)」を改めて見直してみて、どうにもならないだだっ子の魂を抱えて途方に暮れている感じがとてもすてきだと思った。

「タンタン」は吹き替え版で観る。字幕にしようか迷ったのだけれど、英語だとタンタンは「ティンティン」と発音されるので、2時間チンチン連呼はきついと思いやめた。生徒のKさんが、私がまだ読んだことのなかった「Le sceptre d'Ottokar」を貸してくれたので読む。面白かったけれど、やっぱりアドック船長が出てくる話が好き。「ほんとどうしようもない男」が好きなのである。年末に高校からの親友と会い、結婚にまつわる昼ドラのような話を相談され、女の仕様がない(親友のことではない)のは見ていてうんざりするけれど、男の仕様がないのはどこか可愛げがあることが多いのかもしれない、と思った。

 雪道を掻き分けての通勤は周囲に心配されつつ今のところ無事に家までたどり着いている。クラヴィアは若くはないけれど、辛抱強い。この間、エンジンオイルの交換ついでにちょい高めのバッテリーに変えて貰った。

 一昨日、雪の合間を見て夕ご飯の買い物に近所のスーパーに歩いて行った。牛蒡を買ったので、スーパーを出る時に袋から飛び出た黒い鞭のような姿を見て、落としそうだな、とぼんやり思った。帰って来て、冷蔵庫に買って来たものをしまう時になって、牛蒡がないことに気づいた。玄関の外まで探したけれどなかったので、途中で落として来たらしい。真っ白な雪道に牛蒡(98円)が倒れている姿は哀愁がある。

という話を、実家の母にしたら、母の牛蒡にまつわる話はもっと凄まじいものだった。

 やはり一昨日、母も買い物に行って牛蒡を買った。柳のようにしなる程長いものだったのでかごから飛び出てゆらゆらしていた。レジで袋に詰めて、持って帰ろうと振り向いたら、前に中年の夫婦がいて、よけようとした時に母の牛蒡の先端が夫婦のおじさんの方の足の間にゆらりと入ってしまい、おじさんの股ぐらから牛蒡がにょっきりと出てしまったそうだ。
おじさんも、スーパーでまさか牛蒡が股から飛び出して来るとは思っておらず「おっ」とか言うしかなくて、母はもう今にも吹き出しそうだったのだが、笑うわけにも行かず、泣きそうな顔で「スミマセン」と行って逃げるように店を出て、笑いながら家に帰ったそうだ。

 更に、やや、びろうな話。日曜日に伊勢丹の沖縄展にソーキソバを食べに行った。トイレに行ったら洋式が塞がっていたので和式の方に入った。便器の前側に、「手をかざすと流れます」というセンサーが厳かに立っている。用を足して、紙を使おうとやや前屈みになったら丁度おでこがセンサーの真上に来て、下でジャーと便器の水が流れた。

「トイレのセンサーは手だけじゃなく、おでこをかざしても反応するのか!」という驚愕と同時に、「おでこでトイレを流す自分」を客観的に想像してしまったら、もう笑いのたががはずれて、それからずっと個室で「だめだ」「たまらん」と笑い続けた。隣の人はさぞかし不気味だっただろう。

 ここのところ、ぼーっとしていて、車のドアでこめかみをぶって目を腫らしたりしていて、「なんか最近ぼーっとしてるから、気をつけなきゃ」と、夕飯の時に言ったら、夫君は「俺が知る限り、まりはいつもぼーっとしてるけどねえ。」と考え考え言った。

「忙しそう」とか「しっかりしている」とか、恥ずかしながらそう言って貰えることはあったけれど、「ぼーっとしている」と言われたことは生まれてこのかた初めてだった上に、比較的いつもぼーっとしている印象の人にそう指摘されて衝撃的だった。彼が見ているのは、考えてみれば、朝の寝起きでぼーっとしながらおにぎりを握っていたり、夜ぼーっとしながら歯を磨いていたり、週末は「いま、おなかが減っているから眠くなってなにも考えられない」とか言っている姿ばかりで、私が腕まくりでばりばり仕事をしている姿など想像できるはずもないのであった。

 サルコジ大統領とクリス松村は区別がつかない、とラジオで言っていた。

そんなわけで、今年もよろしくお願いします。


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惚気ます。


入籍してしばらく事情により週末婚状態だったが、同居を始めて(というより、私が家に入って)2ヶ月になろうとする。その間にたまったおかあさん(夫君の)のはなし。

昨日の夜、店から帰る時(彼女はお店を持っている)に道一杯にサラリーマンが5、6人酔いどれ気分で歩いていた。母はその後ろから自転車で「ちょっとすみません」と通して貰おうとしたら、そのうちの一人が「ほらほら、よけて」と牧羊犬よろしく、他のメンバーにうながして母を通そうとしてくれた。それで、母は「ありがとうございます」と通りかけたら、こともあろうにその牧羊サラリーマンが母に向かって「くそババア」と言った。

母はあまりの急転直下にめまいがしたそうだ。「よっぽどその場でバターンと倒れてやろうかと思ったけど、地元の人間じゃなさそうだし、やめといたんだけどさ。」笑いながら帰ってきた母は、「ババアはババアだけど、くそはひどい」と何度か言っていた。

母は、工事に来てくれた人や、大変そうな人に、ちょっとした差し入れをよくする。大概、バナナとかお菓子とかを「ほい、おやつ」と渡す。この間は、神社のお祭り「おとりさま」で寒い中交通整理をしているお巡りさんに通りすがりにホッカイロを投げて渡した。お巡りさんは、不振な顔つきをしていたと、母はくすくす笑いながら報告してくれた。

ところで、新潟市の某ホテルに入っているジュエリーショップと縁があって、そこで結婚指輪を作ったのだが、その際にホテルのキャンペーンに応募するとディナーショーやらおせちやらボトルキープ券やらが当たるという応募用紙を大量に貰った(金額に合わせて応募用紙をくれると思うのだが、お店のおばさんは面倒だったのか豪快に束でくれた)。それで、私と夫君でせっせと家族みんなの名前を代わる代わる書いて応募したのだが、母の名前で応募したもので、ペアのスイート宿泊(ディナー付き)が当たった。すると、母はホテルに電話をして、当選のお知らせが届いたこと、当てて下さったことへの感謝を述べたそうだ。

そんなひとに育てられた兄弟たちもなかなか面白い。
まだ夫君たち兄弟が小さかった頃、みんなでおばあちゃんの家に遊びに行った(市内なのでそう遠くない)。苺のおいしい季節で、おばあちゃんの家で、苺を食べようとお皿に盛り、取り敢えずそこにあった砂糖をかけて子ども達に出したところ、ひと口食べた夫君のお兄さんは、もそもそとこう言った。

「おれ、イチゴはあまい方が好きかな・・・」

お母さんがたっぷりかけたのは塩だった。

ちなみに、夫君は小学生低学年の頃、風邪をこじらせて小児科に行かなくてはならなくなった時に、

「この歳になって親に付き添われて病院に行くなんて」

と嘆き、周囲をのけぞらせたらしい。

(彼はやはり小学生の頃、夏休みの宿題で観察日記用に朝顔を育てた。「植物は話しかけるとよく育つ」と聞いて、毎日話しかけるようにした。新学期が始まって、学校に朝顔を持って行ったら、彼の朝顔だけそれはもうびっくりする程大きくなっていた。)

結婚前に、夫君は「腹が立つことがあっても、寝ると忘れる」と言っていて、はぁ、こういう奇特な人もこの地球には存在するのだなと感心したのだけれど、生活してみると、この母にしてこの子ありなのだな、とよく思う。そして、多分、「この義母にしてこの嫁あり」もあって、最近、わたしは腹を立てることがすっかりなくなって、ふやふや笑っていることが多い。

iPhone 4Sに変えたら、通話が2回に1回成立せず(全く音がしなくて、表示も「接続中」となるのだが、相手にはかかっているので無言電話になってしまう)、auショップ、auのiPhone顧客サポート(ここの対応はひどかった!)、Appleサポートとたらい回しの目にあって、母が「それは換えてもらいなさい!」と先にしびれを切らすくらいなのです。ふやふや。


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生徒さんに、こんな記事のリンクを送ってもらった。

「いいね」は良くなくて「悪くない」は実はホメてる、イギリス人の本音と建前翻訳ガイド(ギズモード・ジャパン)



「フランス語でもこんなのあるんでしょうか?」というので、仏語訳をして考えてみましたら、

はげしく怖い話になりました。


以下、心して読んで下さい(ブルブル)。なんつって。


こちらタテマエ

1) Je comprends ce que vous voulez dire. (あなたのおっしゃりたいことはわかります)

2) Avec un grand respect, (心からの尊敬を込めつつ)

3) C'est pas mal (du tout) ((全く)悪くないね)

4) C'est une proposition très brave (勇気ある提案ですね)

5) Assez bien (plutôt bien/bon) (まぁまぁ良いんじゃない、良い方だと思うよ)

6) Je voudrais vous proposer... (提案させて頂きますと・・・)

7) Au fait / A propos (ところで)

8) Je suis un peu déçu par là. (そこのところがちょっと残念なんですよね)

9) Très intéressant (とても興味深い)

10) Je tiendrai compte de ça. (考慮に入れるようにしますよ)

11) Je suis sûr que c'est ma faute. (本当に私のミスですよ)

12) Tu dois venir dîner chez moi. (うちに夕ご飯食べに来なくちゃね)

13) Je suis presque d'accord avec vous. (あなたの意見にはほぼ賛成というところです)

14) Simplement, j'ai quelques petites choses à ajouter. (ただ、ちょっと付け加えることがあるだけです)

15) Il nous faudrait prendre toutes les possibilités en considération. (我々はあらゆる可能性を考慮に入れるべきじゃないかな)
または 

Il nous faudrait considérer cela sous tous ses aspects. (我々はあらゆる角度から検討した方が良いの
じゃないかと思う)




して、その心は・・・(ギャー)

1) Je comprends ce que vous voulez dire. (あなたのおっしゃりたいことはわかります)
Mais, c'est pas grand-chose. Laissons tomber.(でも、その意見ってたいしたことないからスルー。)

慰め顔で言われることが多い台詞。

2) Avec un grand respect, (心からの尊敬を込めつつ)

これについては、言葉通りのことが多いのでは。ただ、「こんなアホな意見にも、一応は最低限の礼儀を示してやった」という意味として使えなくもない。(←意地悪)

3) C'est pas mal (du tout) ((全く)悪くないね)= C'est génial ! C'est très bien ! (いいじゃん!最高!)

一般的によく使われます。ひねくれもののフランス語思考がよく体現されています。

4) C'est une proposition très brave (勇気ある提案ですね)

イギリス人のコンテクスト同様「おまえあほか」という罵りを何重にもオブラートに包んだ意地の悪い表現ですが、単純に「よく空気読まずにこの場でそれが言えるな」という感心が思わず漏れたとも言える、または「このKY野郎、さて、この場をどう立て直して行くか・・・」と焦りながらのつなぎの言葉として使われることもあります。
結局、「T'es con (あほだな、おまえ)」という意味になるのんですが。


5) Assez bien (plutôt bien/bon) (まぁまぁ良いんじゃない、良い方だと思うよ)

そのままの意味として受け取っていいんでしょうが、むしろ「Je m'en fous (どうでもいい)」というのが本音かもしれません。イギリス人のように「こいつダメじゃん」という意味では使わないかも。

6) Je voudrais vous proposer... (提案したいと思うのですけれど・・・)

これも、そのままでは。まあ、こちらの提案を述べた後に笑顔でこう言われたら、相手の用意して来たものにはほぼ興味がない、聞く気がない、つまり「Votre idée ne me dit rien (あなたのアイデアは何も響かない)」、もっと言うと、「Votre idée est n'importe quoi (あなたのアイデアはクソの役にも立ちません)」と暗に示しているのかも。
イギリス人の言う「ちゃんとやれよ」よりもこわい。



7) Au fait / A propos (ところで)

このさりげない導入の後に、核心に切り込んで来るのはどこの国でも一緒だろうと思いますが、いかがでしょう。

8) Je suis un peu déçu par là (それにはちょっと失望したな)= T'es nul, c'est ta faute. (あんた使えねぇな、あんたのせいだよ)

以前から、この「decevoir」という動詞には本当に背筋の凍る思いを幾度もさせられている。「là」 に当たる内容があなたの行為や意見を指し示している場合、上記のような訳になると言って良い。「un peu(ちょっと)」は残念感の増幅の意として反語的に使われており、自分の信頼が裏切られたと受け身形をとっていることで、「お前が悪い」感をより一層にじませています。不機嫌そうにおもむろにぎろりとにらみ、ため息まじりに「失望させられた」と反吐が出るように言うのが正しい使い方。

9) Très intéressant (とても興味深い)

文字通り使われることも多々ありますが、あまりに突飛過ぎて=「 Je ne comprends rien (意味不明)」という意味が含まれることもあります。

10) Je tiendrai compte de ça. (考慮に入れるようにしますよ)

と、言われて考慮に入れて貰えたためしがないので、これはほぼイギリス人と同じ使用法で「C'était quoi déjà, tes propositions ? (お前の提案って何だったっけな?)」
と同義語だと思った方が賢明。


11) Je suis sûr que c'est ma faute. (本当に私のミスですよ)

これは、純粋に言葉通りで「私が悪かった」と使うものの、そこに若干の「bravade(虚勢)」が含まれることが多い。つまり、「(あんたのアホさ加減を予見できなかった)私のミスです」という意味。
どちらがおごるかレジの前で言い争うおばちゃん同士の争いに似たやり取りで「あたしが悪かったのよ」「いいえあたしが」と言い合う姿をよく見かける。


12) Tu dois venir dîner chez moi. (うちに夕ご飯食べに来なくちゃね)

イギリス人特有の言い回しとして有名だけれど、フランス人の場合は仲良くなる気がない人にはこんな思わせぶりなことは言わない。ただし、その時には夕食に呼ぶ気満々だったのだけれど、すっかり忘れてしまった(またはふりをしている)ということはよくあることです。フランス人心と秋の空。

13) Je suis presque d'accord avec vous. (あなたの意見にはほぼ賛成というところです)

Mais...(でも)と必ず続く。賛成してないじゃん!

14) Simplement, j'ai quelques petites choses à ajouter. (ただ、ちょっと付け加えることがあるだけです)

学生時代のレポートや発表の総評で先生がよく使っていた言い回し。主に14)との合わせ技「Je suis presque d'accord avec vous, mais simplement, j'ai quelques petites choses à ajouter...(あなたの意見にはほぼ賛成なんだけれど、ちょっと付け足すとすれば・・・)」で、生徒は煙に巻かれることになる。

15) Il nous faudrait prendre toutes les possibilités en considération.(あらゆる可能性を考慮に入れるべきじゃないかな)

または 

Il nous faudrait considérer cela sous tous ses aspects.(あらゆる角度から検討した方が良いのじゃないかと思う)

公平な視点、バランスの取れた思考力を思わせる発言に見せかけて、要は「Je refuse ton idée (あんたのアイデアはボツ)」と言っています。


※実体験からの解読であり、受け取り方には個人差があります。間違っても丸暗記したりしないで下さい。

 言葉を学ぶって、表側の活用とか文法とかを如何に間違えないで使うかにばかり目が行きがちですが、こういう「行間を嗅ぎ取る」ことができる能力も必要だと思います。体得するって、語学ではなんだか遠い感じがしますが、こういう一種の「言語外現実」というのはまさに身体で「感じ取る」ことからしか知ることができないものなのです。これは日本語でもできないと生きて行く時につらい。

外国語って「めんどくせー」と思ったりもするのですが、日本語の中にいるだけでは絶対に出会えることのない楽しさだし、身体(感覚)で「わかる」っていうのは、鉄棒で前まわりができるとか、跳び箱が飛べた時なんかと同じような快感なのだと思います。


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petite fille en pain de gimgembre 誕生日でもあり。
 ジャンボ過ぎてケーキに乗らなかったジンジャーブレッドガールろうそく。


そのとき、わたしは青いチェックのボーイズサイズのシャツに紺のシガレットデニム、コンバースという格好で助手席に座っていて、彼の白と紺のキャップを被った。

「そうやってると、本物の男に見える」
「どうする、本当に男だったら?」

いつものように静かに妄想していた彼は、しばらくして言った。

「しょうがねぇな。」

その返答が、悩ましげな焦燥感の中にあきれたような、怒ったような、それでいて腹を括ったような、もうお手上げのような、なんだか色々な感情が混ざり合って不思議な響きで放たれたので、おかしくておかしくて、お腹を抱えて笑った。本当の本当に男になったわたしを前にしても、この人はやっぱりこんな調子で「しょうがねぇな」と言うのだろう。


それから約一年経って、偶然またそのキャップをわたしが被った。

「俺より男前だ」

デニムに、彼に借りた穴のあいた古着のTシャツ(それが一番サイズが小さかった)、ヒールのないトングという、やっぱりさっぱり色気のない出で立ちのわたしは、そういえば・・・と一緒にいた彼の母に「しょうがねぇな」の話をして、また笑う。

「いや、もし本当に男だったとしても、もうこのまま付き合ってくしかしょうがねぇなと思って」

という彼の冗談のような本気の覚悟表明に、ははぁ、そういう意味だったからあんな妙音が出たのかと腑に落ちた。


その昔「わたしがオバさんになっても」という曲が流行ったけれど、「わたしがおっさんになっても」という不条理な可能性さえも引き受けてくれようという懐の広い人でよかったなぁ、しかし、うっかりおっさんになってしまわぬように気をつけよう、などと婚姻届を出した帰り道に心に誓ったのであった。


姓が変わったら某ジャズシンガーさんと同姓同名になってしまいました。


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死に立ち会う。

不思議と近い感覚を抱きながら、どうしようもなく遠い存在。本来なら、わたしには何も語る資格のないであろうひとつの死。けれど、こうして儀式に参加することになる。

初めてお見舞いに行った帰り、少し後悔していた。もっと、ちゃんとご挨拶すればよかった、たとえ「聞こえない」かもしれないとしても。たとえ、ぎょっとされたとしても。パフォーマンスだとか、変わり者だとか思われて、色々と迷惑がかかるかもしれないとしても。そんなこと、たいしたことじゃないじゃないか。


あの時、おじいちゃんは指を動かして、酸素計測器をはずしてしまった。私はそれに気づいて、おばあちゃんに言った。そうじゃなかった。おじいちゃんは、きっと「よく来たね」とわたしと話をしようとしてくれたのだ。わたしはその指をにぎって、

「こんにちは、はじめまして」

と言えばよかったと、帰り道にずっと考え続けていた。お盆にはもう一度行って、今度はちゃんと「もう知っているかもしれませんが、まりといいます。よろしくお願いします。」と言おう、と。

そういう後悔は大体「アトノマツリ」になる。


そのひとが、もうそこにいない、という事実は亡骸を見れば一目瞭然なのに、いよいよという瞬間までぼんやりとしていて、魂に包まれていた身体が無くなってしまうという現実につきつけられて胸が苦しくなる。好きな人が悲しんでいるのはつらい。どんどん透明になっていってしまうようで。大切な人たちが悲しんでいるのはつらい。この場面にいままで幾度か立ち会っているけれど、その都度そう思う。自分が悲しいよりつらい。


おじいちゃんとは、ほんの少しだけすれ違っただけだけれど、これからも続いて行くひとつの歴史の中にわたしも組み込まれて行くんだ。家族に支えられている。しっかり守って受け渡していかなくちゃな。


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"L'école est (presque) finie" pour mes étudiants, et maintenant c'est boulot boulot pour la prof...

試験は先生も怖いんだ。生徒が書いたり消したりした苦労の跡の答案を見るのには勇気がいる。

もし、全然解けていなかったら・・・
もし、易し過ぎてつまらなかったら・・・
もし、説明が理解してもらえていなかったら・・・

生徒の答えに赤を入れるのに快感を感じるサディスティックな先生もいるかもしれないが、わたしの場合は赤い線(エラー部分には下線を入れるようにしている)を入れる度に自分にも同じだけ×が入るような気がしてしまう。

ので、今は全身朱色の耳無し法一みたいになっとるところです。

フランス語って、やっぱり難しい。嫌みでなく、そう思います。

かつて絶望を感じた難しさや面倒さというのが過去の思い出になってくると、つい「あー、あのややこしさねぇ。まぁ、精一杯がんばりなよ」みたいな、経験者の上から目線でにやにやしてしまいそうになる。そういう態度は語学嫌いを増やすだけだし、今現在の苦しみをわかって、なんとかしてくれない先生じゃ、相談する気も失せる。だから、なるべくその苦しみを共有するようにはしているのですが、白状すると、

フランス語をある程度のレベルまで続けて来ると、文法上の難問には、もはや苦しみでなく美しさを見出すようになってくるわけで・・・まぁ、フランス語を長く続けているやつなんて変態に近いものがあるからな。世の中には、アブナイ人がたくさんいるのですよ。


今朝からなぜだか懐かしいBen Folds Fiveの「Where‘s Summer B. ?」が頭の中でぐるぐる回っている。解消するにはピアノのふたを開けるしかないか。


EXTENSION58は本日ツアー最終日で大阪に乗り込んでいます。6時間かけて行き、6時間かけて戻って来る・・・よくやりますよ、「新潟の笹団子野郎」たちは。ツィッターで色々報告してくれるので、見ていると面白い。

http://twitter.com/#!/EXTENSION58

前回の動画がかなり映像が遅れるiPod touchの謎現象ムービーだったので、ズレないやつを。

仙台enn 3rd「Diamond's Allow」



先週のWOODY「Blue Train」(音割れあり)



誰か、iPod touchで撮る動画の映像が音声より遅れるバグの解決法を教えて下さい。リセットしたらいいのかな。


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わたしがEXTENSION58というバンドを知ってから、8月でまだたった2年なのだけれど、その間に2回同じ光景に遭遇した。

一度目は、わたしにとって2回目のライヴで、丁度15周年記念のワンマンだった。

連れて来てくれた友人が、当時、家庭の事情で心も頭もそのことでよじれるようになっていた。第三者が端で聞いていてもやるせない気持ちになってしまう位だから、当事者の家族である彼女の具合が悪くなってもおかしくない。

ライヴの途中から少しずつ吹っ切れて来て、終わった時には顔色が良くなっていた。悩んでも仕方ないから、もうやめたと言って笑った。


二度目は一昨日、SUNSHINE LOVE TOUR 2011 新潟2daysの二日目、海の家nefでのイベント「ベルウッド・ストック2011」で。

思い立ってモブログからリハーサル中の写真をUPしたら、それを見て、ふらりとやって来てくれた方がいた。

彼も、仕事で思うように行かないことがあって気分転換に来たと話してくれたのだけれど、終わった後話した時にはやっぱり顔色が良くなっていた。自分と同年代で、同じように「地方都市新潟を拠点にがんばっているおじさんとして」。

たぶん、4人のおじさんたちは(笑)、(そう思うことも折にふれあるだろうけれど)「元気をわけてあげたい」を主たる目的として活動しているわけではないと思うし、彼ら自身もそれぞれ生活の中で浮き沈みがあると思うから常に元気なわけではない(鈴木さんは1日目に歯茎が腫れていたし・・・)。だけど音楽が好きで、演奏が好きで、みんなと一緒に自分たちがやっていることが好きで、その「好き」には、心に溜ったいらないものを溶かしてしまう力があるんだと思う。

先日「好き」という言葉についてちょっと書いたけれど、彼らの音楽には、「好き」の原始的な力がいつも満ち満ちているんだと改めて感じた。

好きなことを、機嫌良くやっているって自分を振り返ってもあまりないような気がする。
そこまで、自分の仕事なり趣味なりを全力で愛しているかっていうと、好きなはずなのに、全力出せていないよなぁ。わ、「ひたむき」だ。今年の標語(すっかり記憶から抜け落ちていた)。

よっしゃーやるぞー、わたしも。


久々に聞いたTHE DISAPPOINTMENT (in 3rd アルバム「THE DAYS IN THE WATER」)少々いっこく堂(音が遅れる)。


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ecor 2010