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cetegory : - - --
2016年12月27日(火)  by スポンサードリンク [ Edit ]
BONNE ANNEE みなさまのご健康と幸福を願って。


あけましておめでとうございます。

このブログ、年末年始には滅法弱く、昨年もぬるぬると終わり、新年の挨拶よりも新成人の「あざ〜す」のほうが交わされる日に、こっそり更新(すみません...)。

しかし2013年はこれまで通りだと思うなよ!

と、負け犬の遠吠え的にいきっているのはなぜかと言えば、土曜日のアトリエで現在形と単純未来形のニュアンスの違いをやっている時に、今年実現したいことの例として、

「今年はブログを2日に1回更新する」

という例文をうっかり作ってしまったからだった。うっかりにしては、「毎日」としない所が、すでに心の弱さが浮き彫りになっているような気もするけれど、リアリストなんじゃいとねじ伏せる。あと、兼業主婦なんじゃい。

もう半ばやけくそ気味にこの例文を使って、現在形と単純未来形のニュアンスの違いを説明すると、

現在形
Cette année, je rédige mon blog tous les deux jours.
(今年、自分のブログを2日毎に執筆します。)

未来形
Cette année, je rédigerai mon blog tous les deux jours.
(今年、自分のブログを2日毎に執筆するかもしれないな〜。)

語法によって、これくらい実現に向けた気合いの差があります。
なので、目標とか、叶えたいことは、なるべく現在形で表明するがよろしい。カミュもこう言っている:

Supprimer l'espérance, c'est ramener la pensée au corps.
( 希望を消去すること、つまり思考を身体に落とすことだ。)


この殺伐とした世の中に希望を持つな、ということではない。

「現実」は、すべて己が作り出している、とあちこちで読んだ。
昔、大失恋した時に、自分が望まない現実と自分の中の望みの折り合いがつかず、どうしていいか途方に暮れたことがあった。こんな現実、わたしは作ってない!と暴れた。

それから何年かかけて冷静になってみてひとつ気づいた。希望が叶わない時というのは、大体望み方が間違っている。

つまり、「Aでありますように」「Aになりたいです」というのは、自分がAではない と宣言しているようなものなのだ。だから、その方法で熱烈に望めば望むほど、「Aであるよう望んでいる自分」しか現実に現れてこない。

カミュが言うように、希望を持っているうちはそれは実現できない。希望として自分の頭の上あたりにフワフワと「〜ならいいのにな〜」と漠然と漂わせているうちは、本気でそれを実現しようとは思っていない。ほんっとーうに実現する必要があれば、そのたゆとうておるものを自分の身体の中に引きずり込み、あれやこれやと動き出すのだ。

それでも、まだ実現していないことを、実現したこととして思考を処理するのはなかなか難しい。
いくら「Aになれます(もっと言えば、「わたしはAです」)」と自分に言い聞かせようとしても、長年の思考の癖で「いや、まだなってないじゃん」
と、つっこみを入れる自分がいるわけです。そこをどうだます(?)か。

この世ではあらゆる人があらゆる思考を放っているわけで、その思考のマトリックスの様相で、自分の「現実」もどんどん動いていく。だから「ドラマチックな展開」なんかもあったりする。「Bさんと付き合いたい」なんぞのお願いは、自分の想いのみで実現するわけではないので (Bさんにも選ぶ権利がある)、実現プロセスはややこしくなるのだろう。けれど、自分ひとりの思考をコントロールすることである程度実現可能なものに関してはもう、現在形、というか過去形で表明していく。

納得しない思考の「つっこみ停止」をさせるには動くのが一番、てなわけで、こうして新年にフランス語についてなんだかなんなんだかよくわからないブログを書いている。おお、期せずして入れ子式展開になった。

長年、積み重ねの力というものを実感してみたいなぁと思いながら、だいたい途中で放棄というか放念していたので、今年はなんとなく粘り強くやってみようかという気にもなっています。古い諺も言っているので:
思想の種を撒きなさい、行動という実を収穫できるから。
行動の種を撒きなさい、習慣という実を収穫できるから。
習慣の種を撒きなさい、人格という実を収穫できるから。
人格の種を撒きなさい、運命という実を収穫できるから。*

*ちなみに、「行動の種を〜」以下はダライ・ラマの名言とされているらしい。また、これの変形バージョンが、日本では大変有名な「思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから・・・」で、なぜか日本ではマザー・テレサの言葉になっている(本当のところ、誰の言葉かは不明)。


フラ語部復活↓(フラ語部とはなんぞやという方はこちら

La fin d'année 2012 comme d'hab : pas de bonjour ni de merci pour les lecteurs, et me voici au premier article de la nouvelle année, deux semaines après du premier jour de l'an...malgré moi.

Toutefois, Mari de 2013 n'est plus comme celle des années passées, na !

Au premier cours de l'atelier Samedi (la semaine dernière), on a parlé de la différence d'expression au présent et au futur simple. Et j'ai donné un exemple qui déterminait mon destin :

(Présent) Cette année, je rédige mon blog tous les deux jours.
(Futur) Cette année, je rédigerai mon blog tous les deux jours.

La nuance des deux phrases est claire. Au futur, on ne sait pas si je rédige vraiment mon blog, alors qu'au présent, il y aurait déjà une légère nuance d'accomplissement. Et c'est là, la clé de réalisation d'un voeu ;

En général, quand on parle d'un voeu, on n'utilise pas directement un verbe au présent indicatif, mais on met plutôt le verbe « vouloir » (et souvent au conditionnel).

Or, j'ai souvent rencontré la phrase : notre vie réelle consiste en tous nos pensées. Cette idée m'avait beaucoup attirée jusqu'à ce que j'aie eu une grande déception amoureuse... Alors, je me suis perdue entre mon espérance et la réalité qui ne reflétait pas mes pensées. J'ai dit : « Ma vie réelle a trahi mes pensées ! »

Je comprends maintenant mieux : n'empêche, notre vie consiste en tous nos pensées (ou en partie). Mais quand on n'arrive pas à réaliser ce qu'on pense, c'est que, l'on le déclare pas de bonne façon.

Albert Camus dit :
Supprimer l'espérance, c'est ramener la pensée au corps.

C'est-à-dire, on ne peut pas réaliser ce qu'on pense tant qu'on le « souhaite". Quand on souhaite une chose, la vie continue à réaliser sincèrement ce qu'on souhaite. Le résultat : on continue à souhaiter (puisque notre vie reflète nos pensées !)... Quel horreur !!

Il faudrait donc parler au présent indicatif quand vous parlez de ce que vous voulez réaliser. Comme ça, vous pouvez peut-être tromper vos pensées très « réalistes » qui ne vous croient pas facilement en grognant : " Mais non, ce n'est pas encore réalisé, pourquoi tu parles comme si tu avais déjà accompli ?"

Enfin, comme j'ai déclaré, j'écris ici pour réaliser ce que j'ai dit : rédaction de mon blog tous les deux jours. Continuer quelque chose pendant certaine période, cela donnera quand même quelque résultat comme dit un vieux proverbe :
Sème un acte, tu récolteras une habitude ; sème une habitude, tu récolteras un caractère ; sème un caractère, tu récolteras une destinée.

Alors, on verra.

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2013年01月14日(月) 13:36 by まり [ Edit ]
2007年、フランスから帰ってきて、12/1(土)にフランス語教室を始めた。

あれから5年。

細々と続けて、でも続けられている。
様々な人に支えられながら。

この年月は、「5年も」とも言えるし、「5年しか」とも言える。
その間に試行錯誤して、自分なりのスタイルができたかというと、ぜんぜんそんなことはなくて、まだまだ細胞分裂を繰り返している。どうしたら、もっとわくわくする90分になるか、どうしたら一つ一つの知識を実生活に活かせるか(日本での日常生活に、教室で学んだことを応用できるような授業というのが、はじめた時からの命題なのです。かなりいきっている)。

けれど、少しわかったこともある。私は教えているんじゃなくって、いつでも生徒さんに教わっているということ。

うちの教室の生徒さんたちは、上は70歳近く、下は20歳過ぎ(現役学生たちを含めれば、もっと年齢層は下がる)と様々な年齢だけれど、ほとんどの方が私より年上で、たくさんの人生経験がある。そういう人たちに「先生」と呼んでもらうだけでもどえらいことで、いつもどこかで「こんな若造が、偉そうにしてすんません」と手を合わせている。

確かに、わたしは、生徒さんたちが知らなかったり、そこまでマニアックに追求するほど熱意の湧かないような事柄に少し多めに首を突っ込んでいる。でも、それだけ。多少冒険しているだけ。

でも、それがわたしにできることなのだとしたら、その冒険を地味に続けていこうと思います。


この間、通訳プラス翻訳の二乗で目が回っていたとき、夫君のおかあさんがこういった。

「まりさん、何事も種まきよ、種まき。今やっと芽が出てきたんだから、がんばりなさい。」

相変わらず、おかあさんの一言にははっとさせられる。
ところで、昨日テレビを見ていたら、どじょうさんがこう言っていた。

「私たちは、ばらまきではなく、たねまきをして行きます。」

言葉は、その発信元によってこんなにもその内容(シニフィエ)の価値が変形するのねぇと感心した。もはや誰も、これを聞いて「なかなかうまいこと言うね」と膝をたたいたりしない。

言う人が言えば、ただの下ネタにもなるよな、これ。


そういうわけで(ザ・日本語的まとめ)

みなさま、ありがとうございます。

追記:毎回読んで下さっている方々も、ありがとうございます。
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2012年12月02日(日) 00:18 by まり [ Edit ]
またもや、思い出話になってしまうんですが・・・

2002年から2007年の間にフランスをふらふらしていた。

それまで、海外に出たのは、小さい時に親に連れられて1ヶ月パリに滞在したことがあるだけで、日本を出て本格的に、たったひとりで「暮らす」ということをしたことはなかった。

出国カウントダウンが始まると、毎日「鬼平犯科帳」を読み(いまでも愛読)、フランスで豆腐を手に入れるルートを探したりしていた。自分がこんなに日本文化を愛していたのか、と驚き、こんなんでフランスに行ってどうするんじゃ、と、完全にヴォワイヤージュ・ブルー(?)だった。

母国から切り離されている、という不安は、海外に住んでみたことがある人にしかわからない。

旅行であれば、とりあえず帰る日にちが決まっているのだから、「やっぱなんとなく落ち着かない」ぐらいの気持ちで済む。けれど、いつ帰るのか、というより、帰るのかどうかさえもわからない場合、慢性的な不安と孤独というのはどうしても存在の底に抱えなければならない。

言葉が通じない不安とか、家族と離れている不安とは違う。
物理的に、生まれ育った土地と切り離されている、という不安。

土地が繋がっているところから来た場合は、やや軽減されるかもしれない。でも、海を越えて来た人にとって、「地面が変わる」というのは、思った以上に大きくのしかかる。


見かけが違うということが、こんなにも人を不安にさせるのか、と初めてモンペリエの街に降り立った時に思い知った。

それまでの私は、人と同じ、というのがまるで自分の存在を丸ごとかき消されるような気がして恐ろしく、同年代の女の子たちが、同じような格好で同じような髪型で同じようなブランドのバッグを持ち同じような曲を聴き同じような雑誌を読んでいるのが理解できず、だからといって特別オリジナリティがあるわけでもないから、その狭間でもがもがともがいていた。

その自分が、同じような人がいないといって不安がっているのに、面食らってしまった。

留学生活での人間関係は本当に繊細だ。同国人がいれば、その人と。そうでなければ、見かけの似ているアジア人同士がなんとなくグループを作る(留学先の言葉の習得レベルが低ければ、その傾向は顕著になる)。一匹狼もいるけれど、完全に孤立を守り続けるなら、そのうち心身に故障を来す。
そうは言っても、せっかく遠くまで来ているというのに、見かけが変わり映えのない、たどたどしい会話のメンツに囲まれて、安心はするけれど「これでいいのか」という気にもなってくる。ネイティブと話したり、自国にいたら出会うことのない国の子たち(アジア人同士だって、本当はそうなんだけれど)と交流しないのは「逃げている」という気にもなる。同族嫌悪も出て来る。そういう中で、ひりひりしながら暮らす。それでも、彼ら、彼女らが褐色の目と黄色の肌を持っていることに、どれだけほっとしたことか。どれだけその存在に感謝したことか。

語学学校の最初の年、私は自分の習得レベルが低いのに、はったりが上手かったので、自分の本当のレベルよりも大分上のクラスに入れられてしまった。それで、仕様がないから、オプションで選択した演劇のクラスの子たちと仲良くなって、彼ら彼女らから吸収することにした(みんな本当にいい「先生」だった)。名前も覚え易かったのか、やたら顔が広くなった。でも、やっぱり怖いから、演劇で一緒だった韓国人、中国人の子と仲良くしていた。

ある日の授業で、歴史の話題になった時に、クラスでほとんど交流をしない韓国人の女の子(いつも一緒にいる子とは別の子)が、激した様子で私ともう一人の日本人にこう言った。

「私の祖母は、従軍慰安婦にされて日本人から酷い目にあった。だから、私は日本人を絶対に許さない。日本人なんかとは、絶対に仲良くしたくない。」

その時は、先生があわてて話題を変えてうやむやにしてしまったのだけれど、私は衝撃を受けた。テレビや教科書でしか出て来ない話題としか思っていなかった私たちを、彼女は明らかに「当事者」として捉え、露骨に憎しみをぶつけてきたのだから。

後で、友達の韓国人の子が、「あんな風に思っている子は稀だから、気にしないで。」と慰めに来たけれど、釈然としなかった。私は何もやっていないのに。言葉を交わす前から憎まれてしまう、日本人に生まれただけで、私という個人の存在を否定されてしまう、なんてことは、26年生きて来て一度もなかった。

いま、愛国教育を受けて洗脳されているとメディアは盛んに言うけれど、教育による刷り込みだけで、あそこまで憎しみを強くできるだろうか、と思う。まるで、生まれてからずっと磨いて来た鉛玉のように、彼女の憎しみは鈍く強く光っていた。あの問題が、全て本当だったかどうか私たちは真実を知らされていないし、女の子の銅像の前で金切り声をあげている人が、果たして本当に被害者かどうかもわからない。けれど、どのような経緯にせよ本当に酷い目にあった人はいて、その人が恨みや悲しみを込めて辛かった記憶を繰り返し繰り返し聞かせることで、あの彼女のように、憎しみを受け継ぐ人がいるのだ、ということを、私たちは受け止めなくちゃいけないと思う。


おせっかいで優しいフランス人や何かの縁で出会った色々な国の人たちが誘ってくれて、出不精のわたしも、数々のパーティーや、イベントや、お茶や、スポーツや、散歩や、飲み会に参加した。底抜けに楽しくて、バカバカしくて、気持ち良かった。

だけど、どんな時も、ふと、「ああ、この人たちは、本当にいい人たちだけれど、人種が違うんだな。」という現実を実感する瞬間があった。私は別段、国粋主義でもないし、一緒にいた人たちが差別的な言動をしたわけでもないのだけれど、ふいにどうしようもない郷愁にかられることがあった。

もちろん、差別的な発言をなんの躊躇もなくする人もたくさんいた。街を歩いていると、ガラの悪いちんぴらに「ニーハオ」と声をかけられたりする。自分の目を引っ張ってつり目にしたりする。そこまであからさまでないにしても、自分の言動が誰かを傷つけていると気づいていない人は多い。

ナント大学で勉強していた頃、生活費を稼ぐのにいくつかアルバイトをしていた。たまたま下宿先が18世紀に立てられた歴史的建造物のアパルトマンで、そこそこのお金持ちや弁護士の事務所が入っている建物だった。その一階に住む老夫婦の家の掃除に通っていた。

そこのおじいちゃんは、昔海軍にいた人で、背が高くかくしゃくとしていて、頭も良い人だった。色々な格言を教えて貰った。息子さんたちはよその県にいたので、私を半ば孫のようにかわいがってくれていた。

そんな人でさえも、わたしに「まりは色が白いね。中国人なんかとは違ってきれいだね。」と言ったりした。

「中国人なんか」という一言に傷ついた。褒めてくれるならその比較は要らないのに、と悲しくなった。言っている本人は、褒めているつもりだから差別発言だなんてこれっぽっちも思っていない。日本を直接差別してないのだから、別にいいだろうと思っていたりする。あれだけ知性のある人でさえも。

私が出会って来た中国人たち、韓国人たちの顔が浮かんで来る。鼻持ちならないことを言う人もたまにはいたけれど、みんな目的を達成しようと一生懸命生きていた。少なくとも「敵」ではなかったし、これからも「敵」になってはならない。

今日の朝日新聞で、村上春樹が領土問題に付いて寄稿している。その中で、領土を巡って熱狂するのは「安酒の酔いに似て」いて、そういう安酒をほいほい振る舞う論客に、私たちは注意しなければならない、と書いていた。はっとしたのは、領土を問題にしたプロパガンダはヒトラーのやり口である、という所だった。

国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。(中略)
一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。

朝日新聞デジタル(2012/09/28):村上春樹さん寄稿 領土巡る熱狂「安酒の酔いに似てる」

(リンクは朝日新聞デジタルの会員登録で読めます。多くの人に読んで欲しい。無料会員だとアーカイブが読めなくなるので、図書館にでも紙面を見に行って下さい。)

今、自国を離れてどこかの国に暮らしている日本・中国・韓国人たちは、毎日本当に神経をすり減らしていると思う。自分たちには全く落ち度がないのに、一部の政治家たちの自己顕示のための煽動に、神経をすり減らさなければならないなんて、つらいだろう。

村上さんの言うように、「報復だけは絶対にしてはいけない」です。
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2012年09月28日(金) 15:07 by まり [ Edit ]
STUDIO 28パリで最古。


今回の旅は、「おのぼりさんポイント」を外から眺めることにしていたので、モンマルトルにも行くことに。
しかし、私は、あの辺は正直、苦手だ。

 サクレ・クールに初めて登ったのは9歳の時。当時(1980年代、と、ここで私の年齢を概算しないように。)、日本語が堪能な神父さんがいて、その頃日本人の小学生があの辺をぶらぶらしているのは結構珍しかったからか、熱烈歓迎を受け、一緒に写真を撮った気がする。もちろん今みたいなケーブルカーはなかったので、みんながあの急所をえっちらおっちら登った。今も昔も変わらず人がうじゃうじゃいる。

 大人になって、一人で初めて来た時に、まずピガールの駅でスリに合いそうになった。今は綺麗になったけれど、その時は改札が二つだけの小さな暗い駅で、私が改札に来た時に、後ろ手をしてメトロ・マップを眺めている少年がいた。私は普通に改札を通って通路を歩き、角を曲がった所で、向かいから来たおにいさんにいきなり

「Hé oh, t'as fais quoi, toi ! (おいこら、お前何した!)」

と、怒鳴られた。振り向くと、さっきの少年、と、思ったら極端に背の低いおっさんだった、が、私のリュックのかぶせ部分のベルトを外していた所だった。おにいさんは、小さなおっさんにつかみかかり、「取ったものをすぐに出せ」と迫ったのだけれど、リュックの中には朝ご飯に貰ったリンゴ1個とガイドブックが入っていただけだったし、スリに合う程うかつなガイジンではないんだとわかって貰いたくて、私は、「何にも入っていない、取られていない」と必死に説明し、ちっさん(小さいおっさんの略)も、自分は(まだ)何も取っていない、勘弁してくれと繰り返し、盗られ(かかっ)た人と盗ろうとした人が二人で「ないない」を連呼するというシュールな状態になった。このまぬけな二人組にあきれた感を漂わせつつ、正義感に溢れたおにいさんは、私とちっさんを放免(?)したのだが、この時「人は見かけによらぬもの」ということわざは、むしろ「人は『見かけ』によらないことはマジで少ない」とアップデートされたのだった。見かけ、というより、その人の纏っている、というか、魂が吐き出している、空気をよく感じないといけない。

・・・という思い出の他にも、行く度に(ガイドとして行かなくてはならないことが何度かあった)、しつこい絵描きを追い払ったり、しつこいミサンガ売りの黒人から逃げたりしなくてはならなくて、そういう困難を乗り越え、心臓破りの階段を登りきった上に見える白いドームも、人を掻き分け入ってみれば「撮影禁止」を知らずにカメラを出して怒られる旅行者達がぞろぞろいてちっとも落ち着かない。

今回も覚悟しつつ、立ち並ぶセックスショップ(この辺は本当に多い)を抜けて、サクレ・クールの登り口にたどり着いた。もちろん、ケーブルカー(有料)は乗らずに、細い階段を上る。

急な階段は、真ん中の手すりを挟んで両側に一人ずつが立てるほどの幅しかない。見上げると、途中の踊り場で中学生くらいの女の子達が5,6人、手にボードのようなものを持って立っている。

「まさか、もう似顔絵描きがいるの?」と夫君が尋ねる。まさか、まさか、と繰り返しながらも、彼女達が私の行く手にたむろしていたので、手すりをくぐって反対側に進路変更した。すると、彼女達は私の進路に再び集まる。イヤな予感。

彼女達まであと5段程になったところで、全員が一斉にわたしたちにロック・オンした。投げキッスをしたりお辞儀したりして何かをお願いしようとくねくねする。他の所でもいたのだけれど、どうやらヒスパニック系の女の子で、何かの署名を募っている。集団スリだ。ちくしょう。

わたしは「Non」を連呼して突破しようとしたのだけれど、彼女達は通せんぼし、一人がわたしの腕を押さえて進まないようにする。さすがにこれは本気を出さなくてはならなくなり、

「Hé, touche pas ! (触んなコラ!)」と叫んだ。

そのまま、肉弾戦になるかというにらみ合いがあり、私は、昔のフランス語の教科書にあるような、人差し指を相手の心臓に向けて指す、心持ち古くさい「けんかを売るポーズ」で牽制していた(すりこみって怖い)。

ちょろいと思っていたハポンのねえちゃんが意外におっかなかった、というショックに包囲網がゆるゆるとなったのを見計らって、スリ集団を通過する。
なめんじゃねえぞ(財布は落としたけれど)。

この間、夫君は何をしていたのかよくわからないが、彼もひょいひょいと抜けて来た。

後で、ああいう時こそ「Bas les pattes (触るな)」を使えば良かったなぁ、と反省した。なかなか使う機会のないフレーズ。惜しいことをした。

(※Bas les pattes は動物に対して「足を下げろ(おすわり)」と言う時に使うので、かなり侮蔑的。喧嘩をして勝てそうにない相手には使わないことです。この女の子達も、刃物を持っていないとは限らないので、言わない方がいい。)

こういう輩がいるから、みんなお金を出してケーブルカーに乗るのだと、やっとわかった。穏便に済ませたかったらお金で解決なんて、ヤな感じ。

帰りはサクレ・クールの脇の階段から降りて行ったら、静かで良かった。途中、小学生が5人位わーと登って来て、最後に太った小学生の男の子がひいはあ言いながら、「し、しぬ・・・」と立ち止まり、すれ違いに降りていた女性に、「ほんとね」とくすくす笑われたので、少し赤くなり、「ねぇ、休憩しようよー!」とよろよろ通り過ぎて行った。


 さて、モンマルトルにはパリで一番古い「STUDIO 28」という小さな映画館がある。内装のデザインをジャン・コクトーが手がけたので、シックで個性的。

STUDIO 28中


Jean Cocteauコクトーの絵。


ちょうど、「アーティスト」をやっていたので、観て行くことにした。

まあまあ面白かったのだけれど、アカデミー賞か、と言われると、よくわからない(犬は表彰ものだった)。
モノクロで無声なので自然と身体の動きに目が行くため、女性がガッツポーズをしたりするのが、どうも中途半端に現代っぽくなって、冷めてしまった。


 こうして振り返ってみると、ちょっと寒々しい「ふれあい」が多かった気がするのだけれど、エッフェル塔を眺めに行った時、撮影ポイントを通ったら、やはりヒスパニック系の、髪のふさふさしたおとうさんが、iPhoneを持て余した様子で、

「ちょっとごめんなさい、これ、カメラってどうやんのかわかる?いやもう、娘のだから、おじさん全然どうしていいかわかんなくって」

と、尋ねて来た。使い方を教えると、

「やー、たすかったー、ありがとね!もうなんだかよくわからない画面が出て来て、どうしようかと思っちゃった」と、ニコニコ嬉しそうに写真を撮っていた。私達もなんだかニコニコとそれを見ていた。こういうお父さんの娘さんは、きっといい娘に違いない。

 芝、お休み中 あっちもこっちもオフシーズンで工事中、閉鎖中の3月。芝生まで「しば、おやすみちゅう」と看板を掲げていた。


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2012年04月09日(月) 21:29 by まり [ Edit ]



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2012年03月28日(水) 15:03 by まり [ Edit ]
La Tour Eiffel パリへ。「やっとこさ」という感じで新婚旅行に繰り出す。


と言っても、出発前の一週間は、新しい生徒さんが立て続けに体験に来られたりしてバタバタしており、夫君は会社で泣く子も黙る「新婚旅行」カードを切った為に、その埋め合わせで連日遅くまで仕事。なんとか行き帰りの航空券とホテルは取ったものの、その後の予定は機上で建てることに。こんなテンションでいいのだろうか。

フランス語ができて、パリも何度か行っているから心配ないねと、周りは口を揃えるのだけれど、私はスリに合うのではないかと、今までにない胸騒ぎのようなものがあった。大抵、初心者より慣れているひとの方がなんらかの痛い目に合うものだ。


 CDG空港に着いて、RER(郊外線)に乗る切符を買うのに自動販売機を使っていたら、早速「北駅まで行きたいんだけど、買い方教えてくんない?」と声をかけられる。背が高く、丸い頭に残る白髪もいよいよ寂しい、といった感じの眼鏡をかけたおじさんで、どうやらフランス人のよう。肩の大きなショルダーバッグが重くてピサの斜塔のように身体が斜めになっている。

毎度思うのだけれど、これだけうじゃうじゃ人がいるのに、なぜフランス人はやたらと私に道を聞いたり、時間を聞いたりするのだろう。

ところで、これはなにも私が特別教えたがりオーラを出しているからではなくて、フランスにいる外国人は結構な率でフランス人からものを尋ねられるらしい。語学学校にいた時に、イギリス人のクラスメイトがディスカッションの話題にした時には、東西問わず、様々な人種の学生達がみんな我も我もと体験談を披露した。平均的日本人感覚からすれば、どう考えても見かけ「ガイジン」な人に道案内を請おうという気にはならないのだけれど、フランス人はその辺(だけに関わらず、全てにおいて)かなり無頓着なのだ。

おじさんに自販機の画面を操作して買い方を教えたのだけれど、ますますパニック(フランス人のおっさんは機械に滅法弱いひとが多い)した彼は、「お金を渡すから代わりに買ってくれ」と言い出した。むとんちゃく・・・

画面の行き先には「パリ(市内)」という欄しかなくて(RERだとパリ市内はどこで降りても均一なので)「これですよ」と言っても「いや、僕は北駅までの切符が欲しいんだよ」とごねる。いやいや、これしかないんだよ、いや北駅が、と、押し問答の上、あまりにもわからずやなことを言うので、さすがの私もとうとう

「Ecoutez monsieur, vous allez au guichet, là ! (あのね、おじさん、窓口に行ってくださいよ、向こう!)」

と、切れてしまいまいました。三条暮らしで培ったにわかふやふや性格も、パリに降り立ち僅か10分で簡単にメッキが剥がれ、アグレッシブな本性を見事に露呈。フランス語にスイッチが入ると、3割増きつくなる気がする。言語学及び形而上学上、避けられないことなのかもしれない(無頓着な解釈)。後で夫君がにやにやしているのがわかる。

おじさんは、「あ、窓口あったの、あ、そ。なーんだ。ありがとね。」と、まるでへこたれた様子もなく、そそくさと窓口へ向かった。

フランス人はなぜ、わざわざ外国人にものを尋ねて、それなのにその言うことを信用しないのだろう。


 パリに着いたのは22:00過ぎ。ホテルはソルボンヌのすぐ裏手にあって、サン・ミッシェルとかオデオンの駅にわりと近くて動き易く、スーツケースを持って移動をする初日と最終日がとても楽だった(サン・ミッシェルからダイレクトでCDGまで行ける)。

今はコンビニみたいなモノップがあったりするので、結構遅くまで人が歩いている。フランスに来たのは4年ぶりになるのだけれど、あまり懐かしさが湧かない。つい、昨日までここにいたような、しごく当たり前のような気がして、不思議な気分になる。パリに住んでたら、また違ったのかもしれない。ナントに行きたくなった。

 翌朝、事前に決めていたように、おいしいと教えて貰ったパン屋さんを探しに行く。道案内は、職業柄、地図に強い夫君に放任。子どもの頃、父がパリに単身で住んでいたことがあって、私と母は夏休みに一ヶ月ほど彼の所に滞在した。朝、父と一緒によく近所にバゲットを買いに出かけた。その頃はまだパン屋さんのバゲットも1本が100円しない位の安さだった。帰り道、焼きたての香りに抗えずに少しずつちぎって食べ、結局家に着くと半分なくなっていることがほとんどだった。

フランスのパン屋さんでは、日本のようにトングで好きなものを持って行ってお金を払うなんてことを許してくれず、パンは、ひかえおろう、と言わんばかりにガラスケースの内側や、カウンターの後に整列している。客たちはカウンターに並んで順番を待ち、きびきび動く店員さんに「あれを1個、これを1個」と、注文する。つまり、必ず店員さんと話さないと買えないようになっている。しかも、食事時は店の外まで列ができているので、悩んでいる暇を与えてもらえない(驚く程みんなイラチである)。ちょっと躊躇すると、「あれはどう?これは?」とお勧めしてくれるのは良い方で、だいたいは飛ばされて後のお客さんに注文を聞き始める。あのスピード感は経験者でも戸惑う位だから、初心者は苦労するわな、と改めて思った。

エリック・カイザールのおばさんは非常におっかなかったけれど、ショソン・オ・ポム(リンゴのパイ)は本当においしかった。


 よく、外国人が「日本に来て一番びっくりしたことは?」と聞かれて「歩行者が横断歩道で赤信号だときちんと止まること」と答える。フランスでも、歩行者が赤信号で律儀に止まっていると「頭かお腹の具合でも悪いのか?」と思われてしまう位で、パリジャンは横断歩道があったら、信号ではなく、車が来る方を見る。車が近くまで来ている時は、運転手の呼吸を計る。この人は止まってくれるひとか、意地悪にスピードをあげるひとか、という見極めも大切。「通してね!渡るからね!轢かないでよね!轢くと色々面倒だからね、外国人だし!」という気のようなオーラのようなものを出して、車を止める。

ひとつひとつ、そういう摩擦がある国だった、と、初めて気が付いた。横断歩道ひとつ渡るにも、パンを1個買うにも、人と「コミュニケーション」しなければならない国。日本にいると、知らず知らず、どんどん人との接触を避けるようになっている、無菌室に追いやられているみたいに。コンビニの棚から好きなものを取って、黙ってお金を出せば、ものが買えるのだ。レジで、本気で「こんにちは」なんて挨拶しようものなら、あっという間に「変わった人」(もしくはナンパ目的)、下手をすると「要警戒人物」になってしまう。

旅行の前にラジオで聞いた「海外ニート」の話を思いだした。わざわざ海外に行って引きこもりになる日本人たち。そんなつもりなくても、無菌室からいきなりここにくれば、パリ症候群になるよな、そりゃ。人と関わるというのは、タフでなければできないのだもの。

しかし、パリの人は、あまりにも外国人だらけで嫌気がさしている人が多く、レジ係なんかはもう投げやりで口先だけの上辺コミュニケーションしか取らない人が多くなった。これじゃ、日本とそう変わらない。居心地が悪い。

私がフランス語を教えるとき、経験上、「さようなら」は「Au revoir」より「Bonne journée(よい一日を)」と言ってきたのだけれど、今のパリのお店ではそれが通用しなくて、「Merci, au revoir」ばかり使っていたのに気づいた。それだけ、やりとりが忙しなくて

「よい一日をね!(Bonne journée !) 」
「ありがとう、あなたもね!(Merci, à vous aussi !)」

という数秒の言葉さえもカットされてしまう。その僅かなあそびというか間のようなものの中にある人間らしさのようなものの首をばっさりギロチンで切り落として、コミュニケーションは空虚な音の羅列だけで意味のない、記号のおばけみたいになってしまった。奇形の生物を見ているみたい。やっぱり、居心地が悪い。

新学期、別れ際の挨拶は「Au revoir」ですよ、と教えるべきか(まあ、教えるけど)・・・。「よい一日を」と言える人になって欲しいしなぁ。Au revoirって、だいたいから発音が難しいんだ、初心者には。

(つづく)




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2012年03月17日(土) 22:56 by まり [ Edit ]
死に立ち会う。

不思議と近い感覚を抱きながら、どうしようもなく遠い存在。本来なら、わたしには何も語る資格のないであろうひとつの死。けれど、こうして儀式に参加することになる。

初めてお見舞いに行った帰り、少し後悔していた。もっと、ちゃんとご挨拶すればよかった、たとえ「聞こえない」かもしれないとしても。たとえ、ぎょっとされたとしても。パフォーマンスだとか、変わり者だとか思われて、色々と迷惑がかかるかもしれないとしても。そんなこと、たいしたことじゃないじゃないか。


あの時、おじいちゃんは指を動かして、酸素計測器をはずしてしまった。私はそれに気づいて、おばあちゃんに言った。そうじゃなかった。おじいちゃんは、きっと「よく来たね」とわたしと話をしようとしてくれたのだ。わたしはその指をにぎって、

「こんにちは、はじめまして」

と言えばよかったと、帰り道にずっと考え続けていた。お盆にはもう一度行って、今度はちゃんと「もう知っているかもしれませんが、まりといいます。よろしくお願いします。」と言おう、と。

そういう後悔は大体「アトノマツリ」になる。


そのひとが、もうそこにいない、という事実は亡骸を見れば一目瞭然なのに、いよいよという瞬間までぼんやりとしていて、魂に包まれていた身体が無くなってしまうという現実につきつけられて胸が苦しくなる。好きな人が悲しんでいるのはつらい。どんどん透明になっていってしまうようで。大切な人たちが悲しんでいるのはつらい。この場面にいままで幾度か立ち会っているけれど、その都度そう思う。自分が悲しいよりつらい。


おじいちゃんとは、ほんの少しだけすれ違っただけだけれど、これからも続いて行くひとつの歴史の中にわたしも組み込まれて行くんだ。家族に支えられている。しっかり守って受け渡していかなくちゃな。
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2011年08月09日(火) 22:49 by まり [ Edit ]
"L'école est (presque) finie" pour mes étudiants, et maintenant c'est boulot boulot pour la prof...

試験は先生も怖いんだ。生徒が書いたり消したりした苦労の跡の答案を見るのには勇気がいる。

もし、全然解けていなかったら・・・
もし、易し過ぎてつまらなかったら・・・
もし、説明が理解してもらえていなかったら・・・

生徒の答えに赤を入れるのに快感を感じるサディスティックな先生もいるかもしれないが、わたしの場合は赤い線(エラー部分には下線を入れるようにしている)を入れる度に自分にも同じだけ×が入るような気がしてしまう。

ので、今は全身朱色の耳無し法一みたいになっとるところです。

フランス語って、やっぱり難しい。嫌みでなく、そう思います。

かつて絶望を感じた難しさや面倒さというのが過去の思い出になってくると、つい「あー、あのややこしさねぇ。まぁ、精一杯がんばりなよ」みたいな、経験者の上から目線でにやにやしてしまいそうになる。そういう態度は語学嫌いを増やすだけだし、今現在の苦しみをわかって、なんとかしてくれない先生じゃ、相談する気も失せる。だから、なるべくその苦しみを共有するようにはしているのですが、白状すると、

フランス語をある程度のレベルまで続けて来ると、文法上の難問には、もはや苦しみでなく美しさを見出すようになってくるわけで・・・まぁ、フランス語を長く続けているやつなんて変態に近いものがあるからな。世の中には、アブナイ人がたくさんいるのですよ。


今朝からなぜだか懐かしいBen Folds Fiveの「Where‘s Summer B. ?」が頭の中でぐるぐる回っている。解消するにはピアノのふたを開けるしかないか。


EXTENSION58は本日ツアー最終日で大阪に乗り込んでいます。6時間かけて行き、6時間かけて戻って来る・・・よくやりますよ、「新潟の笹団子野郎」たちは。ツィッターで色々報告してくれるので、見ていると面白い。

http://twitter.com/#!/EXTENSION58

前回の動画がかなり映像が遅れるiPod touchの謎現象ムービーだったので、ズレないやつを。

仙台enn 3rd「Diamond's Allow」



先週のWOODY「Blue Train」(音割れあり)



誰か、iPod touchで撮る動画の映像が音声より遅れるバグの解決法を教えて下さい。リセットしたらいいのかな。
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2011年07月20日(水) 01:01 by まり [ Edit ]
わたしがEXTENSION58というバンドを知ってから、8月でまだたった2年なのだけれど、その間に2回同じ光景に遭遇した。

一度目は、わたしにとって2回目のライヴで、丁度15周年記念のワンマンだった。

連れて来てくれた友人が、当時、家庭の事情で心も頭もそのことでよじれるようになっていた。第三者が端で聞いていてもやるせない気持ちになってしまう位だから、当事者の家族である彼女の具合が悪くなってもおかしくない。

ライヴの途中から少しずつ吹っ切れて来て、終わった時には顔色が良くなっていた。悩んでも仕方ないから、もうやめたと言って笑った。


二度目は一昨日、SUNSHINE LOVE TOUR 2011 新潟2daysの二日目、海の家nefでのイベント「ベルウッド・ストック2011」で。

思い立ってモブログからリハーサル中の写真をUPしたら、それを見て、ふらりとやって来てくれた方がいた。

彼も、仕事で思うように行かないことがあって気分転換に来たと話してくれたのだけれど、終わった後話した時にはやっぱり顔色が良くなっていた。自分と同年代で、同じように「地方都市新潟を拠点にがんばっているおじさんとして」。

たぶん、4人のおじさんたちは(笑)、(そう思うことも折にふれあるだろうけれど)「元気をわけてあげたい」を主たる目的として活動しているわけではないと思うし、彼ら自身もそれぞれ生活の中で浮き沈みがあると思うから常に元気なわけではない(鈴木さんは1日目に歯茎が腫れていたし・・・)。だけど音楽が好きで、演奏が好きで、みんなと一緒に自分たちがやっていることが好きで、その「好き」には、心に溜ったいらないものを溶かしてしまう力があるんだと思う。

先日「好き」という言葉についてちょっと書いたけれど、彼らの音楽には、「好き」の原始的な力がいつも満ち満ちているんだと改めて感じた。

好きなことを、機嫌良くやっているって自分を振り返ってもあまりないような気がする。
そこまで、自分の仕事なり趣味なりを全力で愛しているかっていうと、好きなはずなのに、全力出せていないよなぁ。わ、「ひたむき」だ。今年の標語(すっかり記憶から抜け落ちていた)。

よっしゃーやるぞー、わたしも。


久々に聞いたTHE DISAPPOINTMENT (in 3rd アルバム「THE DAYS IN THE WATER」)少々いっこく堂(音が遅れる)。

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2011年07月05日(火) 01:20 by まり [ Edit ]
 Il était une fois... (昔々)


「ジュテーム (Je t'aime きみが好きだ、きみを愛している)」

と、フランス語で言われたことは残念ながらないのだけれど、実は言ったことはある。

(正確には tu [きみ]で話す相手ではなかったので(!)「ジュテーム」ではなく「ジュヴゼム[je vous aime]」の方だった。)


その返答については置いておいて(笑)。

 ここでむかーしむかしに書いたことがあるかもしれないのだけれど、好きである、愛するという動詞aimer(エメ)を愛の告白で使う時には、決 し て副詞を付け加えてはならんのです。

深く考えなければ

「好きです」
「とても好きです」

だったら、

「好きです」< 「とても好きです」

という気がするのだけれど、これを実際フランス語でやると

「Je t'aime(好き)」>「Je t'aime beaucoup(とても好き)」

となる。というより、「Je t'aime beaucoup」は「トモダチとして、きみっていいやつだよな」という意味に成り下がります!あぎゃ。

なぜか。ここに、『副詞の反作用的冷却機能』(←今考えた)が発揮されているのであーる。

ところで、基本的なことを。副詞というのは動詞や形容詞にくっついて、その言葉本来の意味に程度を付け加えたりニュアンスを加えたりする働きのあることばです。上の例だと「とても」がそれに当たります。私は品詞の中では副詞が一番好き(おわ、怪しさ満点・・・見よ、この「好き」の破壊力!)。

aimer はとても強力な動詞で、直接法(現在形)で使うと激しくストレートな主張をすることになります。「ジェム」って言うと、私にはその場で巻き起こるインパルスに周囲の気がなぎ倒されるのが見える(うそ)。

あまりにもダイレクトに強いので、「とても」「よく」「すっごい」のような副詞をクッションのように使って逆説的にその激しさを緩和させてるんじゃないのか、ということがよくあります。

A) J'aime le chocolat. 「チョコレートが好きです」
B) J'aime beaucoup/bien le chocolat. 「チョコレートがとても好きです」

意味としては、B)の方がより「好き」。イントネーションにもよりますが、一般的には、人以外(物や概念)が対象の時「とても」がある方がより強い印象になります。けれど、聞き手にとってはA)の方が動詞(aime)と補語(le chocolat)の間に余計な物が挟まっていない分「好き」という響きがガツンと来ることがあります。

だから、対人の時に「とても」だの「すごく」だのを挟んでしまうことで、逆に「愛している」という激しい気持ちの流れに障害物を差し込み、却って緩和させているのではないかしら。言葉が持つ意味合いに反比例して燃え上がる気持ちにざばんと水をかけてしまっているのです。いやん。

ちなみに、これもここで昔書いた気がするのですが、「なんでなんで?!『とても』って言った方がより愛してる感がでるじゃん!」とフランス人の先生に聞いた所、こんな答えを貰った。師、曰く:

「本来、愛とは無限のものである。副詞を付けることは、その無限の広がりに一種の『限度』を与えてしまうことである。程度を表す副詞は『愛する』という行為とは相容れないものなのだ。」

・・・合掌(なんとなく)。


 英語の「love」という概念は、日本語にはもともとなかったので翻訳しにくいという話を聞いたことがあります。
確かに、日本語で「好きです」とか「愛しています」というのは形容詞的「状態」で、まさに「草食系」で自己完結、それに対して「love (aimerも)」はもっと能動的で「行為」であり、相手を巻き込んでがるるるる、のような「肉食」的イメージもあるなぁ・・・。

先日ラジオで「 Lisa Lauren Loves the Beatles」というアルバムタイトルを聞いた時、うわ〜これにしっくりくるような邦題をつけるとしたら困るだろうなぁと興奮(?)してしまいました(今はこの程度の英語はいちいち邦題を付けないので、実際の日本版も「リサ・ローレン・ラヴズ・ザ・ビートルズ」となっている)。

「リサ・ローレンはビートルズが好き」では消極的すぎて彼女がこのアルバムを出す意義が伝わらないし、
「リサ・ローレンがビートルズを愛する」というのもなんとなく日本語的感覚にはしっくり来ない。「ビートルズを愛するリサ・ローレン」でも「だからどうした」感が・・・。

愛の表現方法は様々で、好きだと言ったり演奏したりするだけでなく、こんな風にカヴァーアルバムを作ることがリサ・ローレンなりの「愛する」行為だという意味が「Lisa Lauren loves the Beatles」というシンプルなワンフレーズからは普通に匂ってくるのに、日本語の直訳ではそこまで感じ取るのは難しい。文法的にちっとも間違いではないのに。


 日本語で、文字通り「好きです」と言ったことはないのですが(言ったのに酔っぱらっていて記憶が抹消されたこともあるかもしれない)、言われたことは1回ある。中学生の時だったんだけど、「とても」とか「すごく」などの飾りはなかったから、彼の言葉、気持ちの強さを受け止めきれず、私も彼のことが好きだったのに上手くいかなかった・・・嬉しかったのに。こういう、ビシッと決める時にお飾りがついていると、どこか言い訳めいて聞こえるというか、勇気がないような、本気なの?と疑いたくなる隙間ができるのかもしれないけれど、中坊くらいの恋愛初心者には強烈すぎなくて良かったりするのかもしれません。

女性は、お互いの気持ちを確認してからも度々「ねぇ、私のこと好き?」と聞きたくなり男性にうっとうしがられることが多いというのは結構有名な話ですが、これも「ノルウェーの森」の主人公ばりに「世界中の虎が溶けてバターになっちゃうくらい好きだ」ぐらい毎回言えればいいのでしょうけれど(それも賛否両論ありか)、大概は結局「うん・・・」とかお茶を濁してしまう。「好きだよ」と平気で言える人も中にはいると思うけれど、やっぱり「好き」の直球は恥ずかしい。自分の内面を曝け出す言葉だから、言う方も受け止める方も勇気がいるんだよな〜。

(わたしは、この「ねぇ、私のこと好き?」という台詞は恥ずかしくて言ったことがないです。聞きたくなる気持ちはわかるけれど、その前にドリフの志村けんと桜田淳子の新婚コントを思い出して笑えてしまう。←古い)


 さて、冒頭の返事ですが、「Il faut oublier (忘れなさい)」でした。Falloir はこういう場合に使うのに程よい圧力があり、この場合、断る時のすまないなという気持ちに流されずにさりげなくでもあきらめなさいという断固とした主張が聞こえ、devoirの断定・高圧・悲劇的な響きよりも優しさを感じられるのです。主語が非人称の「il」なので、誰も悪者にしないという心遣いが見える・・・。


 大人になると、何語であれ、こういう「ザ・告白」ってあんまりやらなくなってしまう気がします。特に「愛している」を使ってしっくり来るのは故忌野清志郎くらいじゃないのかベイベ。お互い、できれば暗黙の了解に持ち込みたい・・・ことばじゃなくても、皮膚を通して伝わるってこともあるしな・・・白黒付けて万が一傷つくと、立ち上がるだけの体力が若いとき程ないし・・・。やれやれ。
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2011年06月04日(土) 20:50 by まり [ Edit ]

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