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cetegory : - - --
2016年12月27日(火)  by スポンサードリンク [ Edit ]
教室のHPを移行してから、そちらに統合しようと色々いじりまして、
やっと日記もリニューアルいたしました。

今後は下記アドレスに更新して参ります。

www.ec0r.com/diurnalem/






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2013年01月27日(日) 22:04 by まり [ Edit ]
10/5 16:00過ぎより、ドメイン管理をしているサイトへのサーバー攻撃があったそうで、現在復旧作業をしているそうです。そのため、教室のHPへアクセスができなくなっております。

復旧まで最大48時間かかるとのことですが、正確な時間はわかっておりません。

生徒の皆様、また、e-corに検索で来られた方には大変ご迷惑をおかけいたしますが、今しばらく後辛抱頂きますようお願い申し上げます。


復旧しております。ご迷惑をおかけいたしました。

e-cor [エコール] フランス語コミュニケーション教室
代表 金子 麻里
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2012年10月05日(金) 20:51 by まり [ Edit ]
 わわわ。


昨日、所用でイオン新潟南店に行った時、普段決して入ることのないアクセサリーショップで凄いものを発見してしまった。

「Les Aventures de Télémaque」de François Fénélon.

フェネロンの「テレマコスの冒険」アシェット出版の古本。

一瞬、Cicéron (キケロー)かと思い、思わず本をめくってしまったら・・・

ざざざざ〜っ

とディスプレイされていたネックレスが滝のように流れ落ちました(当たり前)。

あわあわと元に戻し、取り敢えず写真をとる。

挙動不審のまま「この本を買い取ることはできますか?」と尋ねてみようか、でも「ディスプレイですので・・・」と一蹴され、「アクセショップでジュエリーを見るんじゃなくて、そっちかよ!」というつっこみを隠して気の毒そうにまつげをしばたかれたりするのだろうな、などと徘徊しながら想像して、ため息を残して店を後にした。

知らない人が見れば、とても欲しいアクセサリーを何らかの事情であきらめて出て来た人だと思うだろう。

この本の価値ってなんなんだろ・・・わたしたちも、こうやって思いもよらぬ場所で思いもよらぬ価値を見出され、本来の「自分」とはかけ離れたところでひっそりと佇むことがあるかもしれない。

そもそも、自分が本当だと思い込んでいるジブンなんて、何もかも幻想なのかもしれない。


テレマコスは「オデュッセイア」の主人公ユリシーズ(オデュッセウス)の息子で、おやじさんを探して旅に出る、その冒険のお話が17世紀のフランス人作家フェネロンの「テレマコスの冒険」。マリヴォーがパロディーを書いたらしい・・・読みたい。懐かしいな、マリヴォーの皮肉とアルルカンのキュートさ。 今見ると腰が引ける分厚さの「マリヴォー戯曲全集」。こんなのよく持ち歩いてたな・・・。「La Double Inconstance」が一番好きな話だった。


当時の殴り書きメモや提出課題なんかを見ると、本当にこれを書いたのは自分なのか、自信がなくなってくる。ナント大学に行っていたのはわたしではなくて別の誰かさんだったのかもしれないと、たまに真剣に思う。三年で人間を構成する全ての細胞は一新するらしいし。今となっては、このブログがあるから、かろうじてそんなこともやっていたと言えるのです。

あのころのわし→「シモネタエクスポゼ

最近、「あのころ」の話ばかりしているような・・・思い当たる理由は、あるっちゃあるんですが。
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2011年06月29日(水) 00:44 by まり [ Edit ]
財布をガマ口に替えた。

そうすると、鞄の中の小物入れ(メイクポーチ、薬入れ)が全部ガマ口。ちょっと壮観。
そこまでガマラブのつもりはなかったんだけれど、これでは言い訳できない。

しばらく忘れていたが、私がガマ派になったのは、そもそも高校を卒業して上京した頃にこれを見たからで・・・(ジャン=リュック・ゴダール監督「勝手にしやがれ」)



本当になんでもないシーンで(ジーン・セバーグが出るシーンではなかったからYouTubeで探してもやっぱり出てこなかった)、朝ご飯を食べるお金もないチンピラのジャン=ポール・ベルモンドが、タカリに行った女の子の着替え中に財布からお金を盗む、それがガマ口だった。

女の子がワンピースをかぶり頭が出なくてモタモタしているのを見計らい、太いゴロワーズをくわえたベルモンドがタンスを開いて洋服の間に挟まっている財布を探り出し、ごっつい指でパカっと開いて、中からくしゃくしゃのお札をぐしゃぐしゃと出してあわててポケットにつっこむ。財布を元の棚に滑り込ませると同時に、女の子がやっとワンピースから顔を出し、絶妙のタイミングでくるっと彼の方に向き、にこっと笑う。

これがチャックの財布だったらここまでこのシーンが私の中で焼き付いたりはしなかったんじゃないかと思う。「私もパカっと開いて中からぐしゃぐしゃっとお札を出したい!」と熱に浮かされたようにそのことばかり考えた。

留学する直前に、たまたま新宿の京王デパートを歩いていてラ・バガジュリーのガマ口を見つけた。お陰でフランスでは思う存分パカっと開いてはグシャッとやっていた(ユーロ札は柔いのでくしゃくしゃにし易い)のだが、あまりやり過ぎたのかあっという間に財布はすり切れ、3年で壊れてしまった。それで、現在は薬入れにしている小さな黒い小銭入れに無理矢理お札を折り畳んでいれていた(グシャッとやると一枚しか入らない)。母に貰ったこの布製のがま口はビーズの刺繍がしてあって、ナントの各スーパーのレジのお姉さんに大変評判が良く、「可愛いですね〜、どこの?」「日本です」「あー・・・(こっちじゃ買えないのね)残念!」と、よく声をかけられた。


意外に思われるかもしれないのだが、私はわりと鞄の中を整理する方で、無駄なレシートやポイントカード類は一切持たない。本当ならポケットに入れて手ぶらで歩きたいくらいなんだけれど、それは幾ら何でもパチンコに行くおっさんのようなので自重している。


ゴダールの映画は難解すぎて付いて行けないものもあるけれど、初期のものにはやっぱり影響を受けた。ところで、「勝手にしやがれ」を検索するとジュリーばかり出て来てしまうのですが、原題は「A bout de souffle (ア・ブゥ・ドゥ・スゥフル)」息もきれぎれに、という意味です。
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2011年06月16日(木) 13:03 by まり [ Edit ]
一昨日、歩いている私の横を通った車の運転手のおじさんが、ものすごい勢いで鼻に人差し指を突っ込んでいた。

運転手は意外に外から見られているし、意外によく見えるのだということを、自戒を込めて記しておく。


Avant-hier, dans la matinée. Une voiture dont le conducteur était un vieux monsieur a passé à côté de moi marchant dans une petite rue. Il s'est passionnément gratté le nez avec son index gauche.

Les piétons voient assez souvent le conducteur et peuvent savoir ce qu'il fait là-dedans malgré lui. C'est ce que je dois comprendre.


最近笑ったフランス短編映画:Les Williams (2008, Alban Mench)
ド二・ラヴァンはもうなんか色々と超越してしまっている。


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2011年05月25日(水) 12:44 by まり [ Edit ]
En ce moment, mon cerveau français commence à faner, et d’ailleurs une question me tracasse depuis toujours : quelle est ma passion sur la langue française ? Voici la crise entre moi et le français. Donc je commence ce journal français qui pourrait me secouer un peu. Je sais que ce n’est pas raisonnable en tant qu’enseignante de français, car, écrire me fait toujours hontes qui s’appelle « fautes » : fautes d’orthographe, d’expression, de grammaire, en somme, de français. Pourtant j’ai un mot magique qui efface tout : « je m’en fous ». Ce n’est pas que je m’en fous de mes fautes que je commets, mais que de la honte dont j’éprouverai. Autrefois, Sartre a écrit L’âge de raison. Je dirai plutôt : je suis en âge de déraison qui me pousse à rédiger candidement des articles en français.


以下は上記の「超訳」と思ってください。ところで、最近「超訳」って言葉をとんと見かけなくなりました。


ここのところ、とある毎に生徒さんたちに聞いて、嫌がられたりしている。
「なぜフランス語を勉強するのですか?」

最近、わたしのフランス語脳が腐ってきている。どうも、脳内フランス語部が怠け気味で、ホワイトボードに書く時に突然綴りがあやふやになったり、名詞の性が怪しくなったりすることが多くなった。フランス語を始めてから8年が過ぎ、最初の熱意ではどうにもコントロールしきれない程えらくふんぞり返るようになったのだ。実際、間違いを指摘されたり恥ずかしい目に遭えば、その時は反省するものの、猿のようにきれいさっぱり忘れてしまう。うきき。

そんな腐仏脳を有しておるのはゆゆしき問題で、なんで腐ってしまったのかとつらつら考えた。そして、思い浮かんだのが「情熱」という言葉。フランス語で言うところのパッスィオン(Passion)。

こんなめんどくさい言語を、日常的に使わなければならないというような必要に迫られた動機以外で学習し続けている方々は、いったいどんな情熱を燃やし続けているのだろう?

難しい質問だと思う。この「モチヴェーション」、「好きの力」という熱のようなものがないと、ちょっと壁につきあたれば諦めてしまう。過去にやった習い事、水泳、習字、ピアノ、インド舞踊などなどを思い出すと、金銭的、健康的、家庭的、その他の事情などを考慮しても、やはり途中でやめてしまったものは結局本当はそこまで「好き」ではなかったのだと言える。「好き」かどうかよくわからなかったものもある。

ただ、この「動機」というやつは、別に最初からずっと同じである必要はない。もちろん最初の気持ちをずっと温め続けられるに越したことはないけれど、その時々で変わっていいし、最初は不純な動機でもいいのだ。

もっとうまく話せるようになりたい、もっと自由に言葉を扱えるようになりたい、という気持ちがずっとわたしの学習意欲をひっぱってきたし、フランス語の持つ表現の難解さの中にちらちらと見える面白さに夢中になった。けれど、ある程度わかり易い形でまあまあ征服したというような落ち着きを得た時、今度は如何にほころびが見えないようにするかに腐心することになる。職業柄、というのもあるのかもしれない。ブログに「フランス語とわたし」なんつうサブタイトルを掲げておきながら、今のわたしにとってのフランス語に対する情熱とはなんぞや?長年連れ添った夫婦みたいになってやせんか?「空気のような存在」などと言いながら、ふてぶてしくおならぷーしても平気みたいになってやしませんですか?ということをふと、感じた。

こんなことではいかんので、一番イタイ方法に敢えて出ることにした。いわゆる「上達のためのフランス語日記」。おおう、恥ずかしい。けれど、まあこういうしょっぱいこともしながら人は大人になっていくわけで、そうやって恥ずかしい目にあっている内にそれなりにフランス語筋肉が鍛えられてなんかナイスバディになってしまわないかな〜と血迷った怠け者的発想のもと、狂気的な厚顔さで始めようと思います。


L'âge de raison 「分別ざかり」はジャン=ポール・サルトルの小説Les chemins de la liberté「自由への道」第1部のタイトル。
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2010年12月23日(木) 20:26 by まり [ Edit ]
甘酒 帰ってきたら玄関に袋がぶら下がっている。中を見ると酒粕。水曜日のアトリエ、Hさんが置いていって下さったのでした。甘酒を作る。うま〜



わたしは車のタイヤ交換を自分でする。そう話すと、大概の反応は2種類に限定される。驚愕、そして懐疑。Stupeur et tremblement.

まずは「え!自分でやるの!?」とのけぞり、やがて「ほんとに大丈夫?走っててタイヤが外れたりしない?」などと、わたしのナット締め能力をあからさまに疑問視する。
C'est pas la question, na !!

今までこのステレオタイプな反応をしなかったのは例によってナビ氏のみで、普段から巷の女子が黄色い帽子等にマイカーを持ち込んで交換したり、お父さんに替えてもらったりしているのを密かに快く思っていなかった彼は、わたしが自分でタイヤを替えるのだと知った時「よしよし」と思ったらしい。変わった人だ。

今年は勤労感謝の日が晴れていたのでタイヤ交換をしてしまった。だから今日のように窓の外で霰が跳ねていたりしても余裕で「ピープル アー ストレンジ ウェン ユー アー ア ストレンジャー なーななーん」などと歌いながら踊ったりした。


以前美容室に行ったときに、いつも担当してくれているFさんと、休日にどういう所に出かけたりするかという話になった。わたしはもう全然「夜景の見えるおしゃれなレストランでデート」とかに食指が動かないし、寧ろそういうのを用意されたら結構引くわぁと言うと、いわゆる池面のF氏はカットの手を止め、ふしぎな感動を湛えた目つきでまじまじと鏡の向こうのわたしを見つめ、

「いや〜手がかからなくていいなぁ。それって男にとってはすごくありがたいっすよ。」

と言った。それはあまりにも心の底から湧き出たようなトーンだったので、一瞬あらぬ苦労を想像しそうになった。苦労してんのか。苦労してんだな。

「手がかからない」・・・はて、どこかで聞いたような、と思ったら、タイヤを替えていた時に隣のおじさんが「お〜、まりちゃん自分でやってんだねぇ。手がかからんでいいねぇ〜。おじさんのも替えてくんねかね〜」なぞ言われたのを思い出した。

奇妙な符号。


そもそも「手がかからない」とは賞讃なのか非難なのか賞讃と見せかけた侮蔑なのか侮蔑的賞讃なのか。やはり、おされなレストランでディナーとくれば平均的女子心はときめきくものと相場が決まっている。誰が決めたのか知らんが決まっているのだ。それが証拠に、あらゆる雑誌が定期的に「デートの勝負レストラン」特集をするではないか。ということは、そこを求めない姿勢は女性として大切ななにかが欠落しているということで、落伍者の烙印を押されても仕方がないのではないのか。というより、フランス語を教えているくせにフランス料理を堪能してトレボーンなどと言うのが苦手であるのが、すでに大きく道を間違った、いやむしろ、フランス料理人の娘に生まれたこと自体が誤りであったのではないか、もうなんか、生まれてすいません。

と、取り乱して訴えたところ、落ち着いてうどんを啜っていたナビ氏は、「まあ、おしゃれなフレンチが食べたいのとか言うひとだったら、そもそも付き合ってないんじゃない」と、のたもうた。

結局、手がかかった方がいいのか悪いのか、益益わからなくなってしまったのだった。


Chacunsegouts : タマムシの一種。人体に寄生するが害はなく、取り付いた人の性別・年齢・体温などにより体表の色が微妙に変わる。

・・・というのは大法螺で、たまにはまともな解説 ↓

Chacun (a) ses goûts (シャカン (ア) セ グ) = 人にはそれぞれ好みがある、蓼食う虫も好き好き、の意。
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2010年12月08日(水) 01:09 by まり [ Edit ]
ペンケースをかばんから出そうとしてうっかり落としてしまったら、中から修正テープがものごっつい勢いで飛び出して自爆した。

白と透明のこんぐらかったテープと、からからの歯車、それらを閉じ込めていたまっぷたつのケース等の屍骸をかき集めながら、世界のパンチラを見てしまったような気がした。


Panchira : "le fait de jeter un coup d'œil à la dérobée" とWikipédia.frには書いてあるが「パンチラ」は状態であってそれをこっそり見る行為は示さないのではないのか。示すのですか。そうですか。



タイトルの訳は尋常ではありません。あしからず。
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2010年11月18日(木) 14:11 by まり [ Edit ]
マイ・コメジアン なんにも言えね。


昨年、『好酸球性肺炎』という、一見アスリートがかかりそうな名前の病で入院してから2ヶ月に一回の検診を受けている。
なんらかのアレルゲンに対するなんらかのアレルギー反応で起こる肺炎で、私の場合、アレルゲンは多分アレだとわかっているもののはっきりと断言するのはアレらしい。なんか、あれだね、こう、あれだよね。


治療の関係で、今回は耳鼻科でCTを撮ることになり先日行ってきました。去年撮った時はただ白くでっかい輪の中に寝て入っていくだけだったのだけれど、今回は「造影剤を使います」と言う。バリウムのように飲むのかと思ったら腕から点滴で入れるというのだから、それだけで半歩後ずさり、そこに追い討ちをかけるように先生が隣の看護師さんと微妙に顔を見合わせ、

「肺炎の時は使わなかったんだっけね・・・うーん、稀にね、具合悪くする人もいるからね、肺炎ね・・・うーん」

と言いながら私に同意書を差し出す。いたずらに不安を煽るとしか思えないこの独り言が「医師による適切な説明があった」ことになるんでしょうか。まあ、いままで、その類で「具合が悪く」なったことはなかったので、持ち前のオプティミズムを発揮してサインをしてしまった。

細長いベッドに寝て、胸の前で手を交差するどことなく乙女チックなポーズでぐるぐる固定され、あんぐりと開いた白いドーナツに胸の辺りまで入って放射線をさんさんと浴びる。いよいよ点滴の登場。

私はとても細いペン先で書かれた文字とか細かい模様とかが比較的苦手で、なんかもうわーとなってしまうので、注射もあまり得意でない。しかも、それが自分の体内に入ったままという異物混入感にも軽く恐怖を感じる。覚せい剤とか絶対できないね。すでに心拍数があがっているところに、看護婦さんが「私がここについていますから、具合がわるくなったらおっしゃってくださいね」と励ますように言う。かんごふさんのこういうところをかんちがいしてかたおもいがはじまるのかしらん。

「それでは造影剤入れますね〜」というスピーカーからの声が聞こえたとたん、体の内側がぶわわとあっついようなさむいような不思議な感覚にじわじわ犯されていく。なんか入ってる、血管に。「わわわわ、わ〜」34年生きてきて己の身体に異物が入る経験はそれなりにあったけど、血管プレイは最悪よね。ヤバイ。発作が起こる前の気道が狭くなる予感がする。心臓がバクバクする。早くやっちまってくれ、や、もうわけがわからん、「窓から飛び降りるわ!」という美輪明宏の声がジァンジァン回る。


結局、撮影は中止せずになんとか終わったのですが、よくわからないダメージを受けてしまい、呆けたまま病院を出てそのまま夢遊病者のように図書館に行き、気がついたら「人間失格」を手にしていました。


昔付き合っていた人は、最初のデートでわたしを三鷹の禅林寺に連れて行き、これが森鴎外。森林太郎て書いてあるけど、とお墓に買ってきたおすしをお供えし、自分もむしゃむしゃ食べ、こっちが太宰の墓、とビールをお供えし、その前で黙って迎酒をした。普通の二十歳前後の乙女ならどん引きどころか確実に全力で逃げていたであろうどん底デートプランに脱帽というか脱力。普通の二十歳前後の乙女規格からはみ出ていたわたしは、当時劇団を辞める辞めないですっかり参っていて、うっかり着いて行ってしまった。合掌。

造影剤には、過去を陽炎のように映し出すという結構危険な副作用があったみたいです。
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2010年11月11日(木) 23:38 by まり [ Edit ]
「明日・・・明日・・・明日・・・」


という台詞、なんだったけな。「オセロー」か。違った、「マクベス」だ。

昨日、何をやっていただろう。
一昨日は
さきおとついは

多分、ご飯食べて、フランス語を教えて、いくつかの問い合わせメールに返信して、携帯メールで「おはよう」「おつかれ」「おやすみ」、後はすべて「ハムレット」だった。

村上春樹の「カンガルー日和」を読んだ。五木×野坂「対論」はまだ途中。
車の中でLa Grande Sophie の「Le roi des tourbillons」を歌う。


先週末は?

「シャーロック・ホームズ」を見たんだっけ。いやいや、それはその前の週。
「石の微笑」は?先週だったっけ。

・・・先週も、やっぱり「ハムレット」だった。


「ハムレットやるか、ハムレットしないか」それが問題だった。

字幕の締め切りまでもう時間がない。


この間テレビで、「脳科学的に、ストレス発散に効くのは感動の涙を流すこと」だというのをやっていて、
そういえば数年前に古代ギリシャ・ローマ悲劇の授業で、アリストテレスの「Poétique」に書かれていたっけな・・・と今日ヨーガに行ったときに思い出す。

「カタルシスだね」と、Aさんがすぐさま答える。

悲劇をあまり好んで見ないできた私は、はっきり言ってこの授業を受けても「悲劇って人間にとって必要なのか?なんでストレスの多い時代にわざわざ好き好んで主人公が痛い目に合うのがわかり切っているストーリーを我慢しなくちゃいけないんだ」と思っていた。

あっはっはって笑ってストレスかいしょ〜というのはわかりやすい。ぜんまいざむらいの「必笑 だんごけん、うけてみよ〜」で人々はハッピーになるではないですか。

でも、泣いた方が効果が高い。

乏しい記憶を辿ると、確かにすっきりしたような気がする。

なるほど、そういうことだったのか悲劇効果って。アリストテレスが言っていることはもっと高尚な世界のことだと思っていたけれど、意外に身近だったのね。

それでもやっぱり、「フランダースの犬」、「火垂るの墓」とか苦手・・・。かわいそすぎて見ていられない。


シェークスピア作品だってギリシャ悲劇並みにきちんとカタルシスが書かれているのだろうけど、字幕やっている今、むしろ締め切りに間に合わないかもしれないと泣いている。ストレス増。


だいたい、最後に感動して泣いたのっていつだっけ?

つい最近「モンティ・パイソン・アンド・ナウ」DVDを貸してもらって、「バナナを持った人物に襲われた時の護身術」に涙を流して笑ったけど・・・

・・・・。

「THIS IS IT」を見て泣いたのが最後かもしれない。


ちょっと方向性を変えて、泣けるやつを何か探してみようかな。
何かお勧めがあったらご指南下さい。


津波で住んでいるビルごと巻まで流されるという夢を見る位なので、何かこう、ざば〜んとリセットしたい気分なんだな。
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2010年03月26日(金) 18:26 by まり [ Edit ]

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